そんなとき訪れた講演会。周囲との違いを認めなかった私に届いた、ある言葉
どん底の日々を過ごしながらも、障害や支援についての勉強をやめなかった私。
というよりも、子育てに何か使命を感じていないとやっていられない性分なのですが、足繁く講演会や勉強会に通う日々は続きました。
その日も、私はとある講演会に参加していました。
講演会では「普通の子の中に入れた方が伸びる」と障害のあるわが子を健常児の中に入れたがる親御さんが多いというお話があり、その中で講師の先生が仰った言葉がとても印象的でした。
先生「あひるの群れに入れても、白鳥はあひるになりません。どんなに努力をしても。種類が違うのですから。あひると白鳥、どちらが優れているというわけでもありません。生え変わらない時期に羽を無理やり生え替わらせようとしても、あひるのような羽の色を期待しても、白鳥のように大きくなることを望んでも、違うのだからそうはならないのです。」
この言葉を聞いた瞬間、私の緊張の糸が切れたのです。
私の子は、「あひるの子」ではなくて「白鳥」なのだから仕方ない。
普通の子の中で普通になれと努力するのはやめよう。そのために努力させるのは絶対やめよう…そう誓いました。
この言葉のおかげで、私の心のモヤはすっかり晴れたのでした。
というよりも、子育てに何か使命を感じていないとやっていられない性分なのですが、足繁く講演会や勉強会に通う日々は続きました。
その日も、私はとある講演会に参加していました。
講演会では「普通の子の中に入れた方が伸びる」と障害のあるわが子を健常児の中に入れたがる親御さんが多いというお話があり、その中で講師の先生が仰った言葉がとても印象的でした。
先生「あひるの群れに入れても、白鳥はあひるになりません。どんなに努力をしても。種類が違うのですから。あひると白鳥、どちらが優れているというわけでもありません。生え変わらない時期に羽を無理やり生え替わらせようとしても、あひるのような羽の色を期待しても、白鳥のように大きくなることを望んでも、違うのだからそうはならないのです。」
この言葉を聞いた瞬間、私の緊張の糸が切れたのです。
私の子は、「あひるの子」ではなくて「白鳥」なのだから仕方ない。
普通の子の中で普通になれと努力するのはやめよう。そのために努力させるのは絶対やめよう…そう誓いました。
この言葉のおかげで、私の心のモヤはすっかり晴れたのでした。
子どもの未来を決める重圧は誰もが通る道。たくさん悩んだ時間がくれるもの
結果からお話しすると、私は「権利として」支援級を選びました。公立ではなく私立の学校を選んだり、文系ではなく理数系クラスを選ぶように、です。
でも、私の子をあひるの子として育てようとしたがために「みにくい」と評価されることは避けたいのです。
白鳥は白鳥として、違いを受け入れてもらえる環境で丁寧に育ってほしい。そう強く願っています。
この考えに辿りつくまでには、過去ワースト3に入る程の落ち込みや混乱がありました。
息子も傷つけました。
それでも悩んで悩んで出した答えだからこそ、彼が入学した時に私は胸を張って「いってらっしゃい」と言える気がします。
来年、就学相談を控えている方もいらっしゃると思います。
子どもの就学先をきめるとき、悩むことがあるかもしれません。苦しいこともあるかと思います。
それでもその真剣に悩んだ日々がお子さんの笑顔に繋がると信じて、進んでください。
応援しています。
でも、私の子をあひるの子として育てようとしたがために「みにくい」と評価されることは避けたいのです。
白鳥は白鳥として、違いを受け入れてもらえる環境で丁寧に育ってほしい。そう強く願っています。
この考えに辿りつくまでには、過去ワースト3に入る程の落ち込みや混乱がありました。
息子も傷つけました。
それでも悩んで悩んで出した答えだからこそ、彼が入学した時に私は胸を張って「いってらっしゃい」と言える気がします。
来年、就学相談を控えている方もいらっしゃると思います。
子どもの就学先をきめるとき、悩むことがあるかもしれません。苦しいこともあるかと思います。
それでもその真剣に悩んだ日々がお子さんの笑顔に繋がると信じて、進んでください。
応援しています。
障害児は、手に届きそうな「普通」にまでも遠慮するべきなのだろうか
特別支援学級に入るのは「かわいそう」なこと?私たち親子の決断
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