隣の人が見ている景色は自分と同じ?「ASDの人が見ている世界」をVRで体験

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「コントラストが強くてまぶしい」「たくさんの点がキラキラして見える」。これは、発達障害の一つ「自閉スペクトラム症(ASD)」の人の一部が見る世界です。書籍や取材を通して、このように視覚が敏感な人たちがいることは知っていましたが、見え方まではなかなか想像できませんでした。そんなとき、彼らが見る世界を知ることができるVR(バーチャルリアリティー)機器があると聞き、体験してきました。(withnews編集部)

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ASD(自閉スペクトラム症)とは?

withnews編集部の記者である筆者は、障害のある人の就労支援や学習支援などに取り組む「LITALICO」(東京都目黒区)を訪れました。 ASDのある人に多くみられるという、「視覚過敏」の症状について、VRで体験できると知り、取材をしたいと考えたためです。

編集部注:このコラムは、withnewsの記者がLITALICOでASD視覚体験VRを体験し、そのルポをLITALICO発達ナビに寄稿したものです。
そもそもASDとはどんな症状なのでしょうか? LITALICO発達ナビによると、先天的な脳機能の凸凹により、以下のような特性があるといわれているそうです。

・言葉のコミュニケーションが苦手
言葉の裏にある意味をくみとるのが難しい など

・人と関わるのが苦手(対人関係や社会性の障害)
目を合わせない、空気を読むのが苦手 など

・こだわりや興味に偏りがある
予定が変わるとパニックになってしまう、同じ動きを繰り返す など
また、ASDのある人のなかには、視覚や聴覚といった五感の一部が極端に過敏であったり鈍麻であったりといった、感覚の特異性(偏り)を伴う人も多いといわれています。ただ、過敏・鈍麻といった感覚の偏りには個人差があります。

こうした感覚の特異性によって日常生活に困りごとがある方も少なくありませんが、目には見えにくい症状のため、周囲の人からの理解や共感を得にくいという問題があります。
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VRで自閉スペクトラム症の視覚世界を疑似体験

「視覚過敏」の症状をVRで疑似体験できる機器「ASD視覚体験シミュレータ」は、情報通信研究機構と東京大学、国立精神・神経医療研究センター、LITALICOの四つの拠点が連携して研究を進めています。開発者は、工学が専門の情報通信研究機構主任研究員・長井志江(ながいゆきえ)さんです。
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自閉スペクトラム症の人が「見ている世界」をVR体験!コミュニケーション障害に影響する特有の見え方とは

体験できる世界は3つ。「コントラストが強くまぶしい世界」「色が消えてぼやけて見える世界」「たくさんの点が見える世界」です。映像はそれぞれ約3分間で、前半は視覚症状がない人の見え方、後半は視覚が敏感な人の見え方で構成されています。
VR体験用のゴーグルを装着するスタッフ
VR体験用のゴーグルを装着するスタッフ
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いざ、ゴーグルとヘッドフォンを装着です。早くも視界にはVR空間が広がります。3つの映像があり、体験したいものに頭を動かしてカーソルを合わせました。選んだのは、視覚症状が出る人の多くが経験するという「コントラストが強い世界」です。

コントラストが強い世界

スタートボタンを押すと、目の前に広がったのはマンションの玄関でした。

まずは症状がない人の見え方が映ります。少しだけ光が差し込む薄暗い玄関。晴れの日に照明をつけていない状況のようでした。ゆっくり外に通じるドアに近づき、ドアノブを押します。薄暗い部屋から明るい外に出たので少しまぶしさを感じましたが、2、3秒もすると明るさに慣れてきました。周辺の家の屋根や街路樹、車が通っている様子が見えます。頭を動かして周囲を見渡しましたが、違和感はありませんでした。
VR体験をするスタッフ
VR体験をするスタッフ
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続いて、ASDのある人の見え方に変わります。

場面は同じ玄関です。しかし、さきほど薄暗く見えていた影は完全に真っ黒。光は入っていますが、陰影がはっきりしています。ドアを開けると、辺りは真っ白。雪景色に光が反射するようでした。さらに、丸い光がちかちかして見えたあとに消えていきました。

あまりにも視界が白すぎて、あるはずの街路樹も屋根も見えません。かろうじて影になっている部分が黒く見え、そこに何かがある、くらいは認識できました。車が通っている様子も、黒い線が動いている程度で、形まではわかりませんでした。

コントラストが強く映る症状は、瞳孔の調整能力が弱いためと推察されるそうです。瞳孔が暗いところで拡大、明るいところでは収縮するという機能自体は同じで、決定的に機能が違うことはないといいます。
スキー場の例。視覚症状のない人の見え方
スキー場の例。視覚症状のない人の見え方 (情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
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ASDの人の視覚症状。明るさによりコントラストが強調され、さらにまぶしく見える。※VR体験の映像とは異なります(情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
ASDの人の視覚症状。明るさによりコントラストが強調され、さらにまぶしく見える。※VR体験の映像とは異なります(情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
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動きや音によって、色が消えたりチカチカしたりする

その他のシチュエーションは、駅のホーム(色が消えてぼやけて見える世界)と学生食堂(たくさんの点が見える世界)でした。

駅のホームでは、電車が入ってくる場面が映ります。症状がある人の世界では、電車が大きな音をたてながら高速でホームに入ってくるにつれ、周りの風景が全体的にモノクロでぼやけて見えました。電車が走ってくる音は聞こえるのですが、形が認識できたのは直前です。

これは、「動きによる、無彩色化・不鮮明化」のためだそうです。
駅のホームの例。視覚症状のない人の見え方(情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
駅のホームの例。視覚症状のない人の見え方(情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
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ASDの人の視覚症状。大きな動きにより色が消え、ぼやけて見える。※VR体験の映像とは異なります(情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
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学生食堂では、人がいない状況から人がたくさんいる状況へ移ったとき、カラフルな丸い点がちかちかして見えました。これは、「動き・音の強さの変化による、砂嵐状のノイズ」が起こるためといいます。脳の特異的な活動によるもので、幻覚などではなく、片頭痛の患者さんにも同様の症状が見られる人がいるそうです。短時間でも視界に動くものが入ると気が散ってしまいました。
交差点の例。視覚症状のない人の見え方(情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
交差点の例。視覚症状のない人の見え方(情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
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ASDの人の視覚症状。動きと音量の変化により無数の点が現れる。※VR体験の映像とは異なります(情報通信研究機構・長井主任研究員提供)
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400人以上がVRで疑似体験。ワークショップ参加者が感じたことは?

LITALICOでは、情報通信研究機構や東京大学と協力し、2017年から10回以上VR体験ができるワークショップを開いています。ASD当事者の家族や支援者、教育者や企業の人事担当を中心に、400人以上が体験したそうです。

体験した方の感想

・当事者の保護者
「子どもは普段すごく刺激に溢れた世界にいて、それに伴う疲労感が強いんじゃないかなと思いました。今後は、安定できるところに過ごさせてあげたいと思いました」

・児童・障害福祉分野の支援者の方
「放課後デイサービスで子どもたちとの関わり方をより細かく考え、声のトーンや動き方など行動できるようにしたい。公園や特定の遊びを嫌がる子どもの原因と思われることが体験でき良かった。ASDの子どもと一緒に良い支援員になりたい」

・企業の方
「社内でASDの社員がより安心して働くことができるように生かしていきたい」

「コミュニケーション以前の問題がある」 開発者・長井志江先生に取材

シミュレータの開発者で情報通信研究機構主任研究員の長井志江さんに開発のきっかけを聞きました。
シミュレータの開発者で情報通信研究機構の長井主任研究員
シミュレータの開発者で情報通信研究機構の長井主任研究員
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「8年ほど前、ロボットや人工知能の研究をしていく中で、アスペルガー症候群(※)の診断を受けている東京大学の女性研究者・綾屋紗月さんと会い議論をしたのがきっかけです。それまでASDはコミュニケーションの問題だと思っていました。綾屋さんの著書やお話から、コミュニケーション以前の問題が大きいことを知りました。著書では、綾屋さんが見ているコントラストの強い世界の写真があり、見え方が違うことに目からうろこが落ちました」(長井先生)

「当時、見え方や聞こえ方が違うこと自体知られていない状況でした。エンジニアの立場から、知覚の世界でしたら映像技術を使っていろんな人に分かりやすく伝えられるのではないかと考え、綾屋さんたちと共同研究を始めました」(長井先生)

VRの映像は、ASDの当事者22人の見え方をデータ化し、解析した平均値だといいます。22人のほぼ全員が、元々明るい場所がさらに明るく見え、約3分の1がちかちかした点が見えるという結果が出たそうです。

VR体験をした当事者からは、「自分自身の経験を再確認できた」「周りに説明しても理解してもらえなかったが、共有できるようにしてくれた」という反応があったといいます。

※診断当時の名称
発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい (シリーズ ケアをひらく)
綾屋 紗月 熊谷 晋一郎
医学書院
見える世界が違うことで、ASDがない人に「自分とは違う」「怖い」という印象を持たせてしまう可能性もあります。そのため、長井さんはワークショップなどで強調することがあるそうです。

「ASDでない方もASDの方も、基本的に脳の中では同じ事が起こっていると伝えています。どのくらい敏感で、状態が長く続くかが分かれ目ではないかと思います」(長井先生)

今後はさらに「教育機関と企業」に働きかけていく予定です。

「教育機関では早い段階から発達障害を理解してほしいと思います。話し方一つにしても、抑揚をきれいに話されると聞き取りやすくなることがあります。どう接するか、環境を整えるかでコミュニケーションを取りやすくなります。授業の一環にワークショップを組み入れるような制度を作っていきたいです」(長井先生)

「企業では、発達障害の方を雇用したいけど、その人たちのために何を用意したらいいかわからないという方もいます。人事課や周りの方に、ASDの人がどんな困難さを抱えているのかをきちんと理解してもらうように進めていきたいと思います」(長井先生)
VR体験をするwithnews編集部記者
VR体験をするwithnews編集部記者
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取材を終えて感じた「思い込み」

これまでも、視覚過敏のある人は見え方が違うという知識はありました。ですが、今回VR体験をしてみて、「自分が見ている景色は隣の人にも同じように見えている」という思い込みが強かったことに気づきました。コントラストが強い世界も、ちかちかが見える世界も、とてもストレスを感じました。電車が直前まで認識できないことは、恐怖でもありました。

視覚症状は疲労度合いなどにも左右されるそうです。目に見えないことなので、周りの人が気づけないことも多いと思います。ただ、視覚症状がある人たちの世界を体験していると、違和感に気づけるようになるかもしれません。

暗い空間から明るい空間へ移動したとき、一瞬まぶしくなるという体験は多くの人が共感できると思います。でも、感じ方は人それぞれです。隣にいる人が長時間まぶしさを引きずっているかもしれません。しんどそうにしていたら、室内で過ごすように声をかけたり、まぶしさを和らげる対策を取れたり、サポートできることはあります。

多くの人が、体験を通して視覚症状のある人との距離が縮まることを期待しています。

取材・文/withnews編集部
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