徹底的にシンプルな『みんなの地図帳』。LDなど特性による「読みづらさ」があっても情報が見つけやすい理由――編集した特別支援学校の先生に聞いた

ライター:発達ナビBOOKガイド
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帝国書院
徹底的にシンプルな『みんなの地図帳』。LDなど特性による「読みづらさ」があっても情報が見つけやすい理由――編集した特別支援学校の先生に聞いたのタイトル画像

読み書きに苦手のあるお子さんにとって、情報がたくさんつまっている地図帳は、読み取るのに難しさを感じることがあるのではないでしょうか。今回ご紹介するのは、読み書きに困難さを抱えるお子さんでも使いやすい『みんなの地図帳~見やすい・使いやすい~』です。
特別支援学校の教員、視覚に障害のある教員をふくめた日本視覚障害社会科教育研究会の会員が約4年にわたる議論を重ねてつくりました。情報が整理され、見やすく分かりやすく考え抜かれた地図帳は、社会科の授業はもちろん、家庭での学習にも活用できそうです。

『みんなの地図帳~見やすい・使いやすい~』は当事者も作成に携わることで、分かりやすい工夫が盛りだくさん!

「地図帳」と聞いてどんなイメージが浮かびますか。「文字が小さくて読みづらい」「目的のものが見つけづらい」「どうやって使ったら良いか分からない」…こんなイメージを持つ方もいらっしゃるのではないでしょうか。

地図帳は、地理の学習を進める際に欠かせないもの。大人になっても、旅行や仕事など日常で地図を使う機会は多いため、地図学習はしっかりと身につけてもらいたいと考えている方も多いと思います。

従来の地図帳には、1ページの図のなかに、地形の情報や地名など、さまざまな情報がつまっていますよね。文字のサイズも小さいことも多いうえ、背景の色との判別がしづらいこともあります。文字を読むことに困難を抱えるお子さんのなかには、目的の情報にたどりつけず地図学習に苦手意識を持っている場合も多いかもしれません。

今回ご紹介する『みんなの地図帳』はもともと、弱視など視覚に障害のあるお子さんを対象につくられた地図帳です。視覚に障害のある子どもたちを教える教員で構成される日本視覚障害社会科教育研究会の会員たちが約4年の歳月をかけてつくりあげました。

会員の中には弱視の教員も含まれ、見えにくい当事者の意見を大切にしたインクルーシブデザインの地図帳です。そのため視覚に障害のあるお子さんだけでなく、読み書きに苦手のあるお子さんにとっても使いやすい地図帳になりました。
みんなの地図帳~見やすい・使いやすい~
日本視覚障害社会科教育研究会・編集
帝国書院
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シンプルで必要な情報だけ!だから見やすい・使いやすい

『みんなの地図帳』は「見やすい・使いやすい」ことを大前提としたうえで、「日ごろの社会科学習に十分耐えうる地図帳」であることも大切にしています。掲載する情報を抑えてはいるものの、小学校と中学校の学習内容はすべて記載されているので、学校の学習にも十分活用できる内容となっています。

日本地図28枚、世界地図38枚の地図で構成されている『みんなの地図帳』。それでは内容を詳しく見てみましょう。
【日本地図】
日本地図は全体地図のほか、8地方(北海道・中部・東北・関東・近畿・中国・四国・九州)区分ごとに分けられています。

それぞれの区分で
(1)都道府県と主な都市(原則として、県庁所在地と人口第3位までの都市を掲載)
四国地方の地図に、主な都市(原則として、県庁所在地と人口第3位までの都市を掲載)しているページ
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(2)自然(小・中・高校で学習する基本的な項目)
四国地方の主な自然(山脈や河川)が掲載されているページ
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(3)(1)と(2)の情報を合わせたもの
四国地方の都市名と、主な自然についての記載を合わせたページ
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の3パターンの地図が掲載されています。

情報が統合された3枚目の地図でも、県境や川、山脈に文字が被らないように工夫されています。海の色を淡い水色にする、各都道府県には下線をする、下線と文字の距離を適度にあけるなど、細部にわたって見えにくい人への配慮がされているのでとても読みやすく感じられます。

四国地方の地図では、通常の地図帳の場合には上方に本州の一部が載っていますが、この地図の場合は四国のみが掲載されています。なるべくシンプルに分かりやすいデザインとなるよう考えられています。

【世界地図】
世界地図は、世界の6つの州を基本として

・世界の6つの州
・アジアの5区分
・アフリカ
・ヨーロッパ(全体と西部・北部・東部)
・北アメリカ
・南アメリカ
・オセアニア

に分かれた地図で構成されています。

各地域はそれぞれ
(1)国・首都・都市(原則として国名・首都を掲載)
インドの国・首都・都市(原則として国名・首都を掲載)が記載されたページ
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(2) 自然(小・中・高校で学習する基本的な項目を掲載)
インドの主な自然(山脈や河川など)が記載されたページ
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2枚の地図に分かれています。世界地図も対象地域の背景は淡い色を採用することで、文字が読みやすくなる工夫がこらさられています。

書き込みできる地図!文字や紙にも細心の配慮

これまでの地図は、つるつるした紙を使っていて書き込みがしづらいことがありました。さらに見えにくい弱視の方にとって、つるつるしている紙の地図は光が反射してしまって見づらいデメリットがありました。

一方、『みんなの地図帳』は紙の材質にもこだわっています。用紙も厚く、かといって持ち運ぶのに重くなりすぎないようなほどよい厚さの紙を採用しています。つるつるしていないので、書き込みも可能です。授業中に気になったことや学習の定着を確認するために書き込むことも想定してつくられています。

さらに、裏うつりすると読みにくいため片面印刷となっていますが、このため地図を切り取ってノートに貼り付けたり、ファイルしたりすることもできます。お子さんの学習スタイルに合わせた使い方が可能です。

使用フォントの選定にも弱視の教員がかかわり、読みやすいフォント「ヒラギノ丸ゴシックW4」を選定したそう。大きさも地図におさまるよう14ポイントを基本として、見やすくなるように配置を工夫しています。

地図の読み方を身につけやすいレイアウト設計

『みんなの地図帳』のレイアウトは、すべての地図で共通しています。だから1枚の地図で読み方を学べば、ほかの地域の学習時にも応用が可能です。
レイアウトフォーマットについて解説されているページ
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(1) タイトル…地図の題名が書かれています。どのページをめくってもこの欄を見れば、どこの地域の地図なのか一目瞭然です。

(2) 地図を示す枠線…点字版の地図には、どこまでが地図なのかをはっきりさせるために枠がついています。『みんなの地図帳』にも同様の配慮が施され、枠外に情報を載せるように設計されています。地図とタイトルなどの枠外の情報をはっきりと区別できますね。

(3) 緯線と経線…図の左側には緯線、下側には経線が地図にかぶさらないようにそれぞれ数本ずつ枠外に入っています。

(4) 緯度を示すための情報…地図の左側の枠外には、緯度を示すための情報が記載されています。また、地図の横方向のエリアを示すための数字が赤い文字で書かれています。

(5) 経度を示すための情報…地図の下側の枠外には、経度を示すための情報が記載されています。地図の縦方向のエリアを示すためのアルファベットが、赤い文字で書かれています。

(6) ページ番号…右下には日本地図、世界地図の区別とともにページ番号が振ってあります。

索引が別冊になっていて便利!地図ページごとの索引だから調べやすい!

『みんなの地図帳』の索引は、地図帳と別の冊子になっています。だから索引で調べながら地図も同時に読むことができるので、使いやすい!

・ページごとの索引で調べる時間も短縮!
今までの地図帳は、すべての項目が50音順で並んでいるうえ細かい文字で読みにくい方も多かったかもしれません。『みんなの地図帳』では、ページごとの索引が50音順で並んでいるので、探しやすいですね。

たとえば沖縄の地理を学習していて、石垣島がどこにあるか調べたいときは南西諸島の部分で「石垣島」を探すだけ!すべての索引には漢字と同じ大きさでひらがなも添えられているので、漢字が読めなくても調べられるように配慮されています。
索引のページ
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・文字も大きく読みやすい
読みやすいフォントで書かれているほか、国、都道府県および県庁所在地は赤い文字で書かれているので、学習する際に見つけやすくなっています。

編集者・丹治達義先生にインタビュー!『みんなの地図帳』

編集者の一人、筑波大学付属視覚特別支援学校・社会科教諭の丹治達義先生
編集者の一人、筑波大学付属視覚特別支援学校・社会科教諭の丹治達義先生
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今回、『みんなの地図帳』の編集メンバーの一人、筑波大学付属視覚特別支援学校で社会科教諭の丹治達義先生にインタビューをしました。

――どうしてシンプル、かつ大きいサイズの地図を作ろうと考えたのでしょうか

丹治先生:盲学校の視覚に障害のある子どもたちが、適切に使える地図帳はほとんどありませんでした。たとえば拡大教科書にしても、ただ地図を拡大するだけだと、もともとの情報量が多いために情報の重なりも多く、見にくさが増してしまいます。

そのため、まずは触って判別する点字の地図帳を2008年に作りました。1枚の紙に点字を載せられる量はかなり限られており、シンプルになります。それを同じ盲学校で学ぶ弱視の子どもたちにも使えるように、活字版も紙面を大きくし、見やすいシンプルな地図にしたのが、この『みんなの地図帳』です。点字版の地図帳を作っていたおかげで、結果として活字版の地図も使いやすくなったのだと思います。

――『みんなの地図帳』がいままでの地図帳と違う点を教えてください

丹治先生:大きく5つあります
1.地図情報を小中学校の学習に必要な情報のみに絞って、見やすくしたこと
2.フォントやコントラストを含め、見やすさ/理解しやすさを最優先にしたこと
3.「県と都市・国と首都」と「自然」を分け、1枚の図の情報をおさえたこと
4.基本的な「地図の読み方」から説明し、同じパターンですべての地図を読めること
5.盲学校の社会科教員、特に弱視(視覚に障害がある)の教員が作成に関わり、見えにくい当事者の意見を大切にしたこと


――『みんなの地図帳』では、どんな力をはぐくむことを目的としていますか

丹治先生:中学校までの基礎学力としての地図のイメージづくりが必要な時期に、必要十分な地図を読み取る力をつけることです。見えない・見えにくい(読めない・読みにくい)お子さんたちも、「地図の全体像を把握し、まず基本的な場所や地図の要素と位置関係を理解する」ことがまず重要です。その力をしっかりと育むことを目的としています。

――なぜ発達障害のある子どもたちに活用されているんでしょうか

丹治先生:実は地図の作成時から、編集者の間で「これは発達に課題のある子どもたちにも有効だと思う」という声がありました。「色や文字の情報量を絞り、全体がわかるように大きく表現する」ということは、結局のところ「誰にとっても見やすい」地図であることは間違いなく、学習に課題があるお子さんなどにも使いやすいのでしょうね。

――実際に使用している方たちからの感想をお聞かせください

丹治先生:まだ使用を始めたばかりですが、生徒たちからは「見やすい」「全体像がつかみやすい」との声があります。また、もともと点字の地図帳を作り、その後にそれに合わせる形でこの地図帳を作ったので、盲学校の中では「点字と活字で、友達と同じ地図帳を使えて良い」という声もありました。今後は保護者、支援者にも活用してもらい、声を広げていく必要を感じています。

――その他にこだわった点、伝えたいことはありますか

丹治先生:繰り返しになりますが、地図を使ううえで大切なのは、「最初に基本的な図のルールや使い方をマスターし、それにもとづいて使う」ことです。地図の中からある場所をやみくもに探すのは効率が悪いですし、結果的に地図嫌いを生むことになります。
みんなの地図帳を使い3つの手順で活用する様子を描いた絵
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1.タイトルを確認する
2.枠外の情報を確認する、地図中を探す基準点を決めそこから探す
3.図の形(例:九州島の形など)を一つひとつなぞり、そこから地名の位置を確認し、言葉で表現できるようにする
といった手順を踏むと、地図の論理的な理解が可能
になると思います。
筑波大学付属視覚特別支援学校・社会科教諭の丹治達義先生
筑波大学付属視覚特別支援学校・社会科教諭の丹治達義先生
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――発達ナビユーザーへのメッセージをお聞かせください!

丹治先生:盲学校の教員として、今回このように、違うところで地図を使って頂ける方が多くいるのは大変ありがたいことです。視覚障害教育で蓄積してきたものには、発達障害のお子さんに役に立つ教材や指導法が多くあると思います。今回の地図帳を是非お手にとってご活用いただき、さまざまな学習の方法や改善のためのご意見を教えて頂ければ、編集に携わったものとしてこれほどの慶びはありません。

盲学校はもちろん、特別支援学校や特別支援学級の先生方、放課後等デイサービスなどからの問い合わせも増えているそう。「地図帳ってニガテだな、地理って分かりにくいな」という思いを抱く子どもたちが減り、地理って面白いなと感じられる子どもが増えたらなによりうれしいというのが、丹治先生ほか制作に関わった先生方皆の思いです。

『みんなの地図帳』のおかげで課題が提出できた!(読み書きに課題がある中学生・Aさんの場合)

通常の地図帳では要素が多すぎて混乱していたがみんなの地図帳を使うことで学校の課題に取り組めたことを表現する絵
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『みんなの地図帳』を実際に使って、地図帳のファンになったという中学生・Aさんにも取材をさせてもらいました。

Aさんは、読み書きが苦手です。細かい文字全般を読み取りづらく、図形やカタカナ、文章を読むことに困難さがあるそうです。また漢字を書くことや、図や絵を描くことにも苦手を感じています。そのため、学校では、学校から配布されているタブレットで板書の写真撮影、定期考査でのテスト問題の拡大コピー、週2時間の特別支援教室での学習といった合理的配慮を受けています。

――これまで使っていた地図帳は、どんなところが使いづらかったですか

Aさん:索引、表、地図中の地名など文字が細かいところです。地図は色が多くて、僕にはガチャガチャして見えてしまうので使いづらいですね。また緯度・経度の線上に地図が描かれていると、国名や山脈などが線にかぶってしまっていて読み取れません

――『みんなの地図帳』で使いやすいところはどこですか

Aさん:『みんなの地図帳』は字や絵が大きいので使いやすかったです。読み取りづらいオレンジや黄緑といった蛍光色も使われていないのも、使いやすいポイントのひとつです。まずシンプルであることが良いなぁと思っています。

――『みんなの地図帳』を使用してみての感想を教えてください

Aさん:中学校で最初の地理のワークで、地図帳を使ってたくさんの国名を書きだす問題が出されました。『みんなの地図帳』がなかったら、僕は課題を提出できなかったと思います。
――学習を見守る保護者の方からみて、お子さんが『みんなの地図帳』を使ってみた感想はいかがでしょうか?

Aさんのお母さま:大きくてとても読みやすいのですが、めくるのは少し大変そうでした。B4サイズなので持ち運ぶのには大きすぎるかなと感じるので、学校に1冊、家庭に1冊ずつあると良いなと思いました。読み書きが困難といっても、十人十色で何がベストな対策なのかはすぐに見つかりません。だから、子どもだけでなくサポートする周囲の大人も一緒になって試行錯誤しながら、不安を少しでも取り除いて過ごしやすい環境を探していきたいです。

当事者目線でつくられた『みんなの地図帳』は誰もが使いやすい

徹底的にシンプルな『みんなの地図帳』。LDなど特性による「読みづらさ」があっても情報が見つけやすい理由――編集した特別支援学校の先生に聞いたの画像
出典 : http://amanaimages.com/info/infoRF.aspx?SearchKey=10272004604
『みんなの地図帳』は点字の地図帳づくりから始まりました。見えない・見えにくいお子さんたちのために始まった『みんなの地図帳』は約4年、点字版の作成から数えると12年もの長い歳月をかけて完成しました。

最後に、『みんなの地図帳』が発達や学習に課題がある子どもたちに使いやすい理由について改めてまとめてみましょう。

●紙の質や配色、文字の大きさやフォント、配置までこだわり、読みやすさへの工夫が凝らされている
●小・中学校での学習内容を踏まえ、必要十分の情報のみが掲載されている
●見えにくさがある当事者、盲学校・特別支援学校の先生方が指導実践を踏まえて編集


誰にとっても使いやすく読みやすい地図帳は、シンプルな紙面構成だからこそ、いろいろな使い方ができそうです。

みんなの地図帳~見やすい・使いやすい~

『みんなの地図帳』は、読むことに困難があっても見やすく、使いやすい地図帳としてつくられました。通常、こうした書籍は高額になりがちですが、一般に販売されている地図帳とあまり変わらない価格設定にもこだわったといいます。

また、地図を扱う教科書出版社である帝国書院からの発売となるので、地図掲載情報の更新も随時行っていく予定とのこと。学校の先生と地図を扱う教科書出版社の協力でできあがった『みんなの地図帳』で、一人でも多くの子どもたちが、地図学習に楽しく取り組めるといいですね。
みんなの地図帳~見やすい・使いやすい~
日本視覚障害社会科教育研究会・編集
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取材・文/赤沼美里
イラスト/寺島ヒロ
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