ピアノ教室で母が見た、娘の思わぬ一面

通い始めてみると、急に大人びた様子になり、また驚かされました。
 
レッスンを立ち歩かずに大人しく受けられるばかりでなく、(レッスン以外の時間はうろちょろしていますが...)あっという間に言葉が出るようになり、自分から教室に入る前にトイレにも行くようになったのです。
 
ピアノ教室の先生や、グループレッスンを受けるほかの子どもたちと言葉でやり取りをしなければならないということと、自分が(トイレで部屋を出て)いない間にも曲の練習が進んでしまうことから、みんなと一緒に行動して情報交換していないと「損をする!」と思ったようです。
家では甘えてばかりのいっちゃんですが、具体的な目標があれば人一倍頑張れる子だったんだ!と気がつきました。

それはピアノなのか?というASDらしい疑問

推薦を受け6歳からピアノ専門コースに進んだいっちゃんでしたが、小学校の高学年になってちょっとした問題が起こりました。
この教室では全国規模のコンテストがあり、いっちゃんのいる専門コースでは基本的に10歳までに全員エントリーすることになっていました。つまり10歳までにキャリアをスタートさせようということです。
 
が、いっちゃんはこれを拒否。3年生、4年生を出場しないままスルーしてしまいました。
 
そしてついに5年生になるころ、専任講師の先生から母子揃って呼び出しを受けることになったのです。
「いっちゃんがコンテストに出ないというのです。ピアノを楽しく弾けない、出る意味が分からないと。どういうことでしょうか?」

ああ...先生...
 
めまいがしました。
 
それはおそらく文字通りの意味です。いっちゃんはコンテストに出るということの「意味」が分からないのです。
 
しかし今のいっちゃんに、コンテストに教室から出させてもらうということがどういうことなのか、コンテストに出てキャリアを積めば将来音楽家として生きていくときに良いことがあるかもしれない、ということを説明しても理解はできないでしょう...。
 
そして「意味」が分からないことは絶対にしたくないのがいっちゃんなのです...。

ピアニストの道からドロップアウト、そして...

結局、いっちゃんは教室の「目に見えないプレッシャー」を理解することができないまま、その後開催されたコンテストにも一度たりとも出ることなく、教室をやめてしまいました。
 
やめる直接のきっかけは、中学入学のころに引っ越しをしたことでしたが、引っ越し先の近くにある系列のピアノ教室を紹介されたにもかかわらず、「もう習うのはいいや」と、一度も行ってみることはなかったのです。
教室はやめてもピアノは大好き。どこに行くにも電子ピアノは一緒です。
Upload By 寺島ヒロ
今いっちゃんにピアノ教室のことを聞くと、
 
「とにかくコンテストが分からなかった!コンテスト用の曲は絶対間違えないように弾かなきゃいけないし、テンポも楽譜通りにしないといけないしで楽しくなかった」
 
「先生に言ったら、ピアニストになりたいならできるようにならなきゃ!って言うから、別になりたくないなあ~...って思って。じゃあ、私じゃない人が出たらいい、譲ろうと思った」
 
「今なら『そういうところが評価されるゲーム』だったんだと分かるよ」
 
と言います。
 
ASDらしい、いえ、いっちゃんらしいエピソードだと思います。
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