ベルリン国際映画祭〈最高賞〉受賞「アダマン号に乗って」木造建築の美しい船がデイケアセンター?「精神疾患への偏見を変えたい」ニコラ監督インタビュー

ライター:発達ナビ編集部
ベルリン国際映画祭〈最高賞〉受賞「アダマン号に乗って」木造建築の美しい船がデイケアセンター?「精神疾患への偏見を変えたい」ニコラ監督インタビューのタイトル画像

本年度、第73回ベルリン国際映画祭で〈最高賞〉である金熊賞を受賞したドキュメンタリー映画「アダマン号に乗って」(監督:ニコラ・フェリベール)。パリの中心地・セーヌ川に浮かぶ木造建築の美しい船「アダマン号」は、精神疾患のある人々を迎え入れるデイケアセンター。ここは絵画、音楽等のさまざまな文化活動を通じて、精神疾患のある人の支えとなる時間、安心できる空間を提供し、サポートしています。この魅力的な場所を、ニコラ監督は「奇跡」だと語ります。
発達ナビでは、ニコラ監督に映画への思いを伺いました。

アダマン号は、人々を孤独から引き出して、世界とつながる手助けをする場所

アダマン号へ通う表情豊かな人々、そしてその表情の奥に隠された心の問題までを優しいまなざしで捉えた「アダマン号に乗って」。発達ナビでは、4年ぶりの来日を果たしたニコラ監督に、この映画への思いを伺いました。

LITALICO発達ナビ編集部(以下――)アダマン号がどのようなところか、教えていただけますか?

ニコラ・フェリベール監督(以下監督):アダマン号は2010年に開所した、デイケアセンターです。パリの中心部、セーヌ川に浮かんでいます。
係留されているので、航行する船ではありません。言うならば「浮かぶ建造物」です。
乗っているときは水の上にいる感覚があります。大きな船が近くを通ると、ゆらゆら揺れます。船の中にはさまざまな空間があります。患者はその中を自由に移動できて、閉ざされた空間はありません。事務所であっても自由に入れます。船の上なら自由に移動していいんです。船に使われている素材はガラスや木材など重厚感があり、光がたくさん入ります。パリの中心にいるのに別の場所に来たような錯覚にとらわれる、とてもゆったりとした場所です。水が近くにあるというのも重要ですね、場所そのものに癒し効果があるんです。

通ってくるのは主にパリに住む患者さんです。精神科の医師や心理師にすすめられて通ってきます。定期的に通う人もいれば 不定期に通う人もいますし、複数や単体のワークショップに来る人もいれば、ただ雰囲気に浸ってコーヒーを飲みに来る人もいます。

映画を見ていただいても分かると思いますが、スタッフも患者さんもみんな私服ですので、誰が患者さんで誰がスタッフなのかもわからない。レッテルがないんですね。この人は病気、患者、この人は支援者という区別がない、患者さんが「病気」の枠に閉じ込められておらず、ちゃんとした「人」として見られているんです。個性的で、人とは違うものを持ってはいるけれど、ジャッジされることもない、異常な人と見られることもないので、特に直すこところもない。ただありのままのその人として見られているんです。スタッフは、彼らの「勢い」を少し引き出そうとします。彼らを孤独から引き出して、世界とつながる手助けをするのです。
アダマン号はそういう思想をもった場所です。
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ベルリン国際映画祭で〈最高賞〉である金熊賞を受賞した「アダマン号に乗って」のニコラ・フェリベール監督
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――アダマン号の「アダマン」はどのような意味があるのですか?

監督:「アダマン」はフランス語でダイアモンドの中心という意味です。ダイアモンドの核となる硬い部分ですね。フランス語ではあまり使われませんが、英語では比較的よく使われている言葉かもしれません。adamant は「確固たる」という意味です。「アダマン」って音的にもきれいですよね。
セーヌ川に浮かぶアダマン号
セーヌ川に浮かぶアダマン号 © TS Productions, France 3 Cinéma, Longride – 2022
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映画「アダマン号に乗って」オフィシャルサイト
https://longride.jp/adaman/index.html

精神科医療の世界は、私たちの世界や魂の「拡大鏡」のよう

――本作を撮影したいと思ったきっかけを教えてください。

監督:約25年ほど前に、精神科医療を舞台にした映画「すべての些細な事柄」(1997年)という作品を撮りましたが、私にとって、精神科医療はとても興味深いものなので、また撮りたいと思い続けてきました。

私は、精神科医療の世界は、私たちが生きている世界や魂の「拡大鏡」のような場所じゃないかなと思っています。私たちは、普段自分の内面を隠して生きているところがあると思いますが、精神科医療の現場では、その内面をむき出しにされている人たちがいます。彼らに会うと驚かされたり、ちょっと動揺もすれば不安になったりということもあるかと思いますが、そうかと思うと、私たち自身のことを考えさせられたり、なんだかとっても楽しい気持ちにさせられたりということもあります。彼らと出会ったあと、すごくこう顔が明るくなるような、そういうこともあるんですよね。とにかく、精神科医療の現場というのは、いろいろな心のありようがあって、そういう意味では、映画監督としてとても豊かな現場です。
アダマン号に通う人々
アダマン号に通う人々 © TS Productions, France 3 Cinéma, Longride – 2022
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考える時間、言葉を探す時間、話が自然な形まで展開するのをじっと待つ

――監督は、映画の中で一人ひとりに時間をかけて、ゆっくりと話を聞き、返事を待ち、丁寧に、親切に撮影されていると感じました。「話を聞くことが大事」というセリフもありましたが、みなさんにインタビューしていた際、心がけていたことなどありましたら、教えてください。
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インタビューを受けるニコラ監督
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監督:必要な時間を取ることを大切にしました。私のカメラの前で語ってくれた方が考える時間、 これが自分の言いたいことなんだという言葉を探す時間、そして、話が自然な形まで展開するのをじっと待ちました。また、絶対にプレッシャーをかけないというのも重要です。なぜなら、カメラを向けられるということ自体とても威嚇的ですよね。それもあって、なるべく穏やかな空気というのが流れるように、そして信頼関係が生まれるように努めました。

今の社会は、とてもスピーディーに全てのことが流れていきます。そして、人の話を聞かないで口を挟んだりする人もいれば、ネガティブな相槌をうったりする人がいます。これは私は暴力的なものだと感じています。だから私は、そういうことはせず、時間をかけることを徹底しました。

――ありがとうございます。ゆっくりと待っていると、みなさんが言葉を選びながら、心のうちを語りだしてくれていました。その様子がとても心に残っています。
また、監督は受賞のコメントで、「精神疾患への人々が抱く偏見を変えたいし、生産性がない人々に税金を使うのは無駄という風潮に抗いたい」とおっしゃっていました。このような偏見をなくすためには、どのようなことが必要だと思いますか?

絵画のワークショップに参加する人々
絵画のワークショップに参加する人々 © TS Productions, France 3 Cinéma, Longride – 2022
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監督:やはり、彼ら自身の本当の声を聞くことから始まるのではないかと思います。精神疾患がある人たちを撮影したものにナレーションを入れたり、代弁をしたりして、彼らの声を直接聞こうとしないということがありますよね。それはよくないので、私は「アダマン号に乗って」ではナレーションを入れていません。

私が思うに、偏見をなくすためには、まず彼らにも発言権を提供すること、そして、私たちと同等の場所にいてもらうということ大事なのだと思います。でも、今の社会は、彼らのことは見たくない、聞きたくない、知りたくないという人たちが多く、それが精神科医療をとても閉鎖的なものにしていると思います。そういう「無意味な恐れ」を消すには、当事者の声をちゃんと受け入れることが、最初の1歩になると思います。

また、最初に触れましたが、「病人」というレッテルを張って、それで括っておしまいにしないっていうこと。「病人」というレッテルは、その人を人間として見ず、まるで1つのオブジェのようなものとして見ているのだと私は思います。 そうではなくて、この人も人間であり、ちゃんと考えている「主体」として見ること、これが大切です。
そして、こういうことを実践しているのがアダマン号です。アダマン号ではみんな一人の人間として扱われていて、この人はこんな興味を持っているんだ、この人はこんな才能があるんだ、それが芸術的才能なんだって、その人が持っているものにちゃんとスポットを当てています。これが大切なのだと思います。
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