場面緘黙がある自閉症息子の受験面接。「きっとうまく話せない」あきらめかけた母が見た姿は
ライター:まゆん
ASD(自閉スペクトラム症)の太郎は、中学3年生。特別支援学級に在籍している。通信制高校の専願入試を受けることに決めたものの、準備の時期に不登校が始まって……。母である私は、面接への不安とあきらめに近い気持ちがありました。
監修: 初川久美子
臨床心理士・公認心理師
東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち
臨床心理士・公認心理師。早稲田大学大学院人間科学研究科修了。在学中よりスクールカウンセリングを学び、臨床心理士資格取得後よりスクールカウンセラーとして勤務。児童精神科医の三木崇弘とともに「発達研修ユニットみつばち」を結成し、教員向け・保護者向け・専門家向け研修・講演講師も行っている。都内公立教育相談室にて教育相談員兼務。
東京都公立学校スクールカウンセラー/発達研修ユニットみつばち
不登校と通信制高校の面接準備
ASD(自閉スペクトラム症)の太郎は、中学3年生。体育祭には出席しないと決めた日から中学校には行かなくなった。
体育祭当日。体育祭は午前中で終わるので、太郎は特別支援学級の担任の先生と午後から会う約束をしていた。先生は2日後に迫っている通信制高校の面接をとても気にかけてくださっていて、「面接の練習を」と、休んでいる間も何度も電話があった。
休んでいる間は、電話で先生と太郎が直接話をすることはなく、私から太郎へ伝言していた。「先生が面接の練習をしようと言っているよ。体育祭が終わったら練習をしようね」と伝えると、太郎は「分かった」といつものように反応薄く返事をした。
体育祭当日。体育祭は午前中で終わるので、太郎は特別支援学級の担任の先生と午後から会う約束をしていた。先生は2日後に迫っている通信制高校の面接をとても気にかけてくださっていて、「面接の練習を」と、休んでいる間も何度も電話があった。
休んでいる間は、電話で先生と太郎が直接話をすることはなく、私から太郎へ伝言していた。「先生が面接の練習をしようと言っているよ。体育祭が終わったら練習をしようね」と伝えると、太郎は「分かった」といつものように反応薄く返事をした。
2日後に重要な面接を控えていたものの、学校に行けていないし、面接がうまくいかなくても仕方がないとあきらめている私がいた。場面緘黙もあるので、きっとうまく話せずに固まる姿を見ることになるんだろうな、私が代弁するように面接官の方と話をすることになるんだろうなと予想していた。
なので特別支援学級の先生が最後まであきらめずに「面接の練習を」と電話をくださることに、少なからず驚いてもいた。わが子のことなのにどこか他人事のように、「先生頑張るなあ、一生懸命に熱い人だなあ、二日間の練習で何か変わるのかな」と思っている私がいた。
体育祭が終わったあと、太郎は約束通りに登校した。学校から帰宅しても顔色を変えずに「今日は面接の練習を先生とした」と大まかなことは言うが詳細は何も語らなかった。
なので特別支援学級の先生が最後まであきらめずに「面接の練習を」と電話をくださることに、少なからず驚いてもいた。わが子のことなのにどこか他人事のように、「先生頑張るなあ、一生懸命に熱い人だなあ、二日間の練習で何か変わるのかな」と思っている私がいた。
体育祭が終わったあと、太郎は約束通りに登校した。学校から帰宅しても顔色を変えずに「今日は面接の練習を先生とした」と大まかなことは言うが詳細は何も語らなかった。
通信制高校の面接当日
そして面接当日太郎は珍しく気持ちを言葉に表した。
「ちょっと緊張する」
「ちょっと緊張する」
面接会場へ向かう車の中で、そわそわとしながら太郎は言った。
「緊張するよね、大丈夫リラックスリラックス」と私は声をかけた。「うん」と返事をした太郎はずっとそわそわとしていた。
いよいよ面接会場へ案内された。
名前を呼ばれ、私が先頭に立って部屋へ入室した。太郎は背筋をピンと伸ばしていた。着席をする前に面接官の方から「名前と学校名をお願いします」と言われた。
「〇〇中学校からきました。〇〇太郎です」
初めて聞くような大きな声でハキハキと答える太郎がいた。
え?こんなにハキハキと答えられるの?と私は目を大きくして逆に固まった。その後も太郎は面接官の方からの質問に対して、自分の言葉で返答をしていた。途中言葉に詰まることがあったけれど、短くハキハキと、丁寧に答えていた。
「緊張するよね、大丈夫リラックスリラックス」と私は声をかけた。「うん」と返事をした太郎はずっとそわそわとしていた。
いよいよ面接会場へ案内された。
名前を呼ばれ、私が先頭に立って部屋へ入室した。太郎は背筋をピンと伸ばしていた。着席をする前に面接官の方から「名前と学校名をお願いします」と言われた。
「〇〇中学校からきました。〇〇太郎です」
初めて聞くような大きな声でハキハキと答える太郎がいた。
え?こんなにハキハキと答えられるの?と私は目を大きくして逆に固まった。その後も太郎は面接官の方からの質問に対して、自分の言葉で返答をしていた。途中言葉に詰まることがあったけれど、短くハキハキと、丁寧に答えていた。
面接が終わったあとに太郎は「練習で用意していた質問をされなかった」と言ってはいたが、確実に練習の成果があったと感じた。
さっそく、特別支援学級の先生に面接報告の電話をした。太郎がハキハキと大きな声で答えていたことに驚いたと伝えたところ、先生はこう言った。
「太郎くんは長い言葉で返事をしようとすると何を言っているのか自分で分からなくなることが多いので、短い言葉で大きな声で答えるように指導していたんです」
先生の一生懸命さを、面接前は他人事のように感じていた自分を恥ずかしく感じた。
さっそく、特別支援学級の先生に面接報告の電話をした。太郎がハキハキと大きな声で答えていたことに驚いたと伝えたところ、先生はこう言った。
「太郎くんは長い言葉で返事をしようとすると何を言っているのか自分で分からなくなることが多いので、短い言葉で大きな声で答えるように指導していたんです」
先生の一生懸命さを、面接前は他人事のように感じていた自分を恥ずかしく感じた。
太郎の限界を決めつけていたのかもしれない
私はどこかで太郎の限界を決めつけていた。それは自己防衛でもあるのだと思う。今まで何度も、予想以上の太郎の限界を見ては心が痛くなっていた。その痛みを予測することで自分自身を守っていたのだと思う。しかし、それは太郎の可能性をあきらめているということにもつながっていると思った。
どうせできないのだから、とか、できないことはしなくてもいい、とか、練習しても意味がない、とか、私はどこかで多様性というものを履き違えていたのだと思った。
特別支援学級の先生が太郎を思う一生懸命さは、社会に出るにあたっての当然の努力を教えてくださっているようにも思えた。
不登校、ひきこもり、人見知り、場面緘黙、苦手なこと、嫌いなこと、いろいろな特性や感情、状況が人それぞれあるのだけれど……それぞれ環境は違うけれど、各々の社会というものに出る日がいつかくると思う。
今回の出来事は努力をするということの大切さにやっと向き合えたように思えた。
執筆/まゆん
どうせできないのだから、とか、できないことはしなくてもいい、とか、練習しても意味がない、とか、私はどこかで多様性というものを履き違えていたのだと思った。
特別支援学級の先生が太郎を思う一生懸命さは、社会に出るにあたっての当然の努力を教えてくださっているようにも思えた。
不登校、ひきこもり、人見知り、場面緘黙、苦手なこと、嫌いなこと、いろいろな特性や感情、状況が人それぞれあるのだけれど……それぞれ環境は違うけれど、各々の社会というものに出る日がいつかくると思う。
今回の出来事は努力をするということの大切さにやっと向き合えたように思えた。
執筆/まゆん
(監修:初川先生より)
太郎くんの通信制高校入学のための面接のエピソードをありがとうございます。太郎くん、よく頑張りましたね。太郎くんなりの努力、そして特別支援学級の担任の先生の熱意をもちろん感じますが、それらが一致した受験前の2日間だったんだろうと感じました。
太郎くんは特性としてもおそらく1つずつ物事に対処するのが得意だという面も今回に通底しているようにも感じました。体育祭という心が最高にざわつくものが通り過ぎるのを待ち、そして、先生とあらかじめ約束していた「体育祭が終わったら面接練習」をしっかり守る律儀さもあるのだろうと思います。
担任の先生からすると、これまでの太郎くんとの関わりの中で、気を付けることを厳選すると、「短い言葉で大きな声で」なのだとつかんでいらしたのですね。そこさえクリアできればと信じてくださっていた面もあるかもしれません。ともあれ、先生の要点を押さえた指導と、太郎くん側の心の準備とががっちり一致した体育祭後の面接練習だったのかなと想像します。機が熟した感じがしました。
高校の入学のために学力試験や作文面接などさまざまなものが求められますが、そうしたものへの子どもたちの取り組み方は目を見張るものがあると感じています。義務教育である中学までとの違い、面接・作文・試験であれ自分でアクションを起こすことが入学の第一歩ということを子どもたちはよく分かっているなと思います。良くも悪くも、身近な大人からすると、“これまで通り”の展開なのではと予想してしまいますが、そうじゃない、本人なりの飛躍的な展開が出てくることも多いように感じます。太郎くんも自分の進路を自分でつかみ取るために、心の中でもいろいろと準備を進めてきたことが面接での様子から分かりましたね。成長を感じます。もちろん、狙う対象によってその“努力”や結果は変わってくるので、事前の準備(志望校決めなど)はとても重要ですが、本人なりの頑張りが発揮されそうなところ・本人が頑張りたくなるようなところを本人と一緒に考えていただいた保護者の方の尽力のおかげでもあり、“あとは本番で本人が頑張るだけ”までご準備ありがとうございましたと思うところです。そして、高校受験は人生の節目の1つでしかなく、今後もさまざま岐路が出てくると思いますが、今回の面接の手応えが、太郎くんにとってますます次の成長につながる経験となっているといいなと思います。
太郎くんの通信制高校入学のための面接のエピソードをありがとうございます。太郎くん、よく頑張りましたね。太郎くんなりの努力、そして特別支援学級の担任の先生の熱意をもちろん感じますが、それらが一致した受験前の2日間だったんだろうと感じました。
太郎くんは特性としてもおそらく1つずつ物事に対処するのが得意だという面も今回に通底しているようにも感じました。体育祭という心が最高にざわつくものが通り過ぎるのを待ち、そして、先生とあらかじめ約束していた「体育祭が終わったら面接練習」をしっかり守る律儀さもあるのだろうと思います。
担任の先生からすると、これまでの太郎くんとの関わりの中で、気を付けることを厳選すると、「短い言葉で大きな声で」なのだとつかんでいらしたのですね。そこさえクリアできればと信じてくださっていた面もあるかもしれません。ともあれ、先生の要点を押さえた指導と、太郎くん側の心の準備とががっちり一致した体育祭後の面接練習だったのかなと想像します。機が熟した感じがしました。
高校の入学のために学力試験や作文面接などさまざまなものが求められますが、そうしたものへの子どもたちの取り組み方は目を見張るものがあると感じています。義務教育である中学までとの違い、面接・作文・試験であれ自分でアクションを起こすことが入学の第一歩ということを子どもたちはよく分かっているなと思います。良くも悪くも、身近な大人からすると、“これまで通り”の展開なのではと予想してしまいますが、そうじゃない、本人なりの飛躍的な展開が出てくることも多いように感じます。太郎くんも自分の進路を自分でつかみ取るために、心の中でもいろいろと準備を進めてきたことが面接での様子から分かりましたね。成長を感じます。もちろん、狙う対象によってその“努力”や結果は変わってくるので、事前の準備(志望校決めなど)はとても重要ですが、本人なりの頑張りが発揮されそうなところ・本人が頑張りたくなるようなところを本人と一緒に考えていただいた保護者の方の尽力のおかげでもあり、“あとは本番で本人が頑張るだけ”までご準備ありがとうございましたと思うところです。そして、高校受験は人生の節目の1つでしかなく、今後もさまざま岐路が出てくると思いますが、今回の面接の手応えが、太郎くんにとってますます次の成長につながる経験となっているといいなと思います。
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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。