勝ちにこだわるのは、悪いこと?
私は、勝ちにこだわること自体は悪いことではないと思っています。
闘争心が原動力になることもあるでしょうし、それで勝てたときの達成感が誇りになることもあるでしょう。
けれど現実として、いつも1位になれるわけではありません。長い人生で人に負けることはいくらでもありますし、いちいち腹を立てていたら本人も周りもしんどいはず。
今のあずさの場合、問題は「勝ちたい」という思いそのものではなく、“真っ向から勝負せずにマイルールを押し付けてしまう幼さ”や、“負けたときの感情処理の未熟さ”なのだと感じます。
まだ年中さんなので幼くて当然なのですが、難しさを感じるのは、勝つための根回しやおしゃべりといった言葉の交渉は年齢以上にできる点です。本人に悪気はなくても、天真爛漫にずる賢いことをしてしまうので、その分だけ人より叱られる場面も多いのだろうと思います。
ルールで縛って足並みを揃えさせようにも、大人の目線で正しさを押し付けるだけでは、本当の意味で納得してくれないのが子育ての難しさ……私はなるべくあずさの気持ちに寄り添おうと、「勝ちたい」思いを尊重しつつ、来る日も来る日もルールを教え、相手の気持ちになることを教え、真っ当に勝てる方法を一緒に考えました。先生方に見守られながら練習で揉まれるうちに、本人が気づいてくれることを信じて。
そして迎えた、運動会前夜。
意気込むあずさの口から出た言葉は―――
闘争心が原動力になることもあるでしょうし、それで勝てたときの達成感が誇りになることもあるでしょう。
けれど現実として、いつも1位になれるわけではありません。長い人生で人に負けることはいくらでもありますし、いちいち腹を立てていたら本人も周りもしんどいはず。
今のあずさの場合、問題は「勝ちたい」という思いそのものではなく、“真っ向から勝負せずにマイルールを押し付けてしまう幼さ”や、“負けたときの感情処理の未熟さ”なのだと感じます。
まだ年中さんなので幼くて当然なのですが、難しさを感じるのは、勝つための根回しやおしゃべりといった言葉の交渉は年齢以上にできる点です。本人に悪気はなくても、天真爛漫にずる賢いことをしてしまうので、その分だけ人より叱られる場面も多いのだろうと思います。
ルールで縛って足並みを揃えさせようにも、大人の目線で正しさを押し付けるだけでは、本当の意味で納得してくれないのが子育ての難しさ……私はなるべくあずさの気持ちに寄り添おうと、「勝ちたい」思いを尊重しつつ、来る日も来る日もルールを教え、相手の気持ちになることを教え、真っ当に勝てる方法を一緒に考えました。先生方に見守られながら練習で揉まれるうちに、本人が気づいてくれることを信じて。
そして迎えた、運動会前夜。
意気込むあずさの口から出た言葉は―――
これを聞き、私も「よし、明日は思いっきり負けておいで」と吹っ切れた思いで運動会へ送り出すことができました。
運動会本番の様子と、後日談はまた別の機会にお話します。
運動会本番の様子と、後日談はまた別の機会にお話します。
執筆/にれ
(監修:室伏先生より)
あずささんの負けず嫌いエピソードを共有してくださり、ありがとうございました。
一生懸命なご様子が可愛らしく、思わず微笑んでしまうエピソードである一方で、ご家族にとっては、戸惑いや焦り、頭を抱えたくなる瞬間の連続でもありましたよね。
理由を十分に説明しないまま「それはいけない」と押し付けたり、「勝ちたい」という大切な気持ちを否定したりすることなく、「分かってほしい」「一緒に考えたい」という姿勢で、試行錯誤しながら向き合い続けてこられたこと。その関わりそのものが、あずささんにとって大きな支えとなり、安心して成長していくための土台になっているのだと感じました。
にれさんのおっしゃる通り、負けを受け止める力がまだ育ち途中であることや、感情が高ぶったときにルールよりも自分の気持ちや論理を優先してしまうこと、言葉による交渉力は年齢以上に発達している一方で、感情調整はまだ未熟であることなど、発達のアンバランスさが背景にあるように見受けられます。「マイルール」を作って状況をコントロールしようとする行動も、不安や悔しさを何とか処理しようとする、あずささんなりの必死な工夫なのかもしれませんね。
にれさんがされていたように、あずささんの「勝ちたい」という気持ちに寄り添いながら、ルールや相手の気持ちを丁寧に伝え、先生方とも連携しながらみんなで支えていく関わりは、とても理想的なサポートの形だと思いました。
勝ち負けへのこだわりは、成長とともに形を変えながら少しずつ落ち着いていくことも多く、その過程で身につく悔しさの受け止め方や他者との折り合いは、将来きっと大きな力になっていくはずです。
(監修:室伏先生より)
あずささんの負けず嫌いエピソードを共有してくださり、ありがとうございました。
一生懸命なご様子が可愛らしく、思わず微笑んでしまうエピソードである一方で、ご家族にとっては、戸惑いや焦り、頭を抱えたくなる瞬間の連続でもありましたよね。
理由を十分に説明しないまま「それはいけない」と押し付けたり、「勝ちたい」という大切な気持ちを否定したりすることなく、「分かってほしい」「一緒に考えたい」という姿勢で、試行錯誤しながら向き合い続けてこられたこと。その関わりそのものが、あずささんにとって大きな支えとなり、安心して成長していくための土台になっているのだと感じました。
にれさんのおっしゃる通り、負けを受け止める力がまだ育ち途中であることや、感情が高ぶったときにルールよりも自分の気持ちや論理を優先してしまうこと、言葉による交渉力は年齢以上に発達している一方で、感情調整はまだ未熟であることなど、発達のアンバランスさが背景にあるように見受けられます。「マイルール」を作って状況をコントロールしようとする行動も、不安や悔しさを何とか処理しようとする、あずささんなりの必死な工夫なのかもしれませんね。
にれさんがされていたように、あずささんの「勝ちたい」という気持ちに寄り添いながら、ルールや相手の気持ちを丁寧に伝え、先生方とも連携しながらみんなで支えていく関わりは、とても理想的なサポートの形だと思いました。
勝ち負けへのこだわりは、成長とともに形を変えながら少しずつ落ち着いていくことも多く、その過程で身につく悔しさの受け止め方や他者との折り合いは、将来きっと大きな力になっていくはずです。
このコラムを書いた人の著書
今日もまゆみは飛び跳ねる ~自閉症のわが子とともに~
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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
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施設の見学・空き確認のお問い合わせが増えています
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「ここでこだわるとまた注意を受ける」 と分かっていても、こだわりと衝動性により、試合などをした後に 「相手チームが負けたらよかったのに」 と負ける度に毎回言ってしまっていました。
毎回勝負事の度に先生と『勝ち負けにこだわらずに楽しむこと』と約束し、卒業数か月前に勝ち負けにこだわらず楽しめることができた私を先生方が抱きしめてくださいました。
自分語りばかりになってしまいましたが、あずさちゃんもいつか勝負の過程を楽しめるようになるといいですね。