【小児科医・呉宗憲先生】「朝起きられない」は身体のせい?心のせい?起立性調節障害(OD)を取り巻く3つの誤解と発達障害との深い関係

ライター:呉 宗憲
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「朝起きられない」「午前中は体調が悪い」。思春期の子どもたちの間でよくみられるこうした症状は、決して「怠け」や「やる気の問題」ではありません。小児科では、身体の中で起きている変化として「起立性調節障害(OD)」の概念で理解し、支援を行っています。しかし、「発達障害の影響?」「ただの夜更かし?」と迷う保護者の方が少なくないのも事実です。
本記事では、呉宗憲先生がODをめぐる誤解とその背景を分かりやすく解説し、お子さんのつらさにどう寄り添えばいいのかを一緒に考えます。(編集部)

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執筆: 呉宗憲
順天堂大学医学部附属浦安病院小児科 准教授
1977年に台湾にて出生。専門は小児科。それ以上でも、それ以下でもなく小児科。身体症状を窓口に、Bio-Psycho-Socialの幅広い視点から、子どものつまづき、困りごとに関われる小児科医でありたい。好きな食べ物はラーメン。
目次

この記事で分かること

  • 「朝起きられない」の本当の理由——身体で起こっていること
  • 起立性調節障害(OD)を取り巻く3つの誤解
  • 診断名にとらわれず、「その子の困りごと」を理解するための考え方

「朝起きられない」のはなぜ?身体の中で起きていること

朝、身体が鉛のように重い、起き上がるとクラクラして気持ちが悪い、午後・夕方にはすこしマシになる。小学校高学年から思春期にかけてよくみられるこうした症状を、日本の小児科では起立性調節障害(orthostatic dysregulation: OD)と診断して対応することが多いです。姿勢の変化に伴う血圧・心拍の調節がうまくいかず、脳をはじめとする各臓器に適切な血液・酸素が分配されないことで、立ちくらみや気分不良をはじめとした多彩な症状を来す疾患であり、急激な身体の成長に伴って、主に循環器系の自律神経の働きが不安定になることが原因と考えられています。

ODはさらに、起立時の血圧・心拍の反応に基づいていくつかのサブタイプに分類できます。起立直後の血圧回復時間が遷延する起立直後性低血圧(initial orthostatic hypotension: INOH)、血圧は保たれているものの著しい頻脈を認める体位性頻脈症候群(postural tachycardia syndrome: POTS)、高圧系圧受容器反射のエラーにより急激な血圧低下をきたす血管迷走神経性失神(vasovagal syncope: VVS)などです(図1)。これらの発症、増悪、寛解に心理社会的な要因が強く関与することから「心身症」のひとつとして扱われています(図2)。
図1 起立性調整障害のサブタイプ
図1 起立性調整障害のサブタイプ
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※ODには、血圧が下がるタイプや、脈が速くなるタイプなど、いくつかのタイプがあります。また、身体の仕組みだけでなく、心理的な要因も発症に関わっています。
図2 生物学的機能障害への心理社会的関与
図2 生物学的機能障害への心理社会的関与
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「本当は発達障害の特性?」「ただの夜更かし?」ODを取り巻く3つの誤解

一方で、このODという疾患概念に違和感をもつ方も少なからずいます。医療者の中にも、教育関係者の中にも、またSNSなどの場でも、ODという病名に対する批判や疑義の声があがることがあります。おもな指摘は次の3点です。

1.「国際的な病名ではない」という指摘
2.「別のもの(疾患)に見える」という指摘
3.「この疾患概念に有用性を感じない」という指摘


こうした議論自体は、とても大切です。疾患概念の適切さ・有用性を問い直すことは、医学の発展に必要不可欠です。ただしこれは、本来アカデミアのリングの上で、アカデミアのルールに則って行われるべきものです。不用意な言葉は時として、ODという診断名を与えられた子どもとご家族を、ただ深く傷つけるだけのものになってしまいます。

そこで本稿では、これらの指摘に対する筆者なりの回答・概説を通じて「すれ違い」を可視化し、その子にとっての「より良い世界」へ至るための課題整理を試みたいと思います。

1. 「国際的な病名ではない」という指摘

ODなんて病名は日本でしか使っていない「ガラパゴス」だ、という声があります。たしかにODという疾患名は現在、国際的にはほとんど用いられていません。しかし決して新奇な概念というわけではなく、日本の学校保健や地域小児科の現場で半世紀以上にわたり用いられてきた、むしろ歴史の長い疾患概念でもあり、仮にガラパゴスだったとしてもその良し悪しについては別で論じられるべきです。
戦後早期に大國らが臨床像を体系化し、症状項目を中心とするODの旧診断基準を整備したことは、当時の医療資源や測定技術を勘案すれば画期的だったと言えます(※)。

※ODの概念は、戦後まもない1950年代に、大國真彦ら小児科医の研究グループが、子どもが訴える「朝起きられない」「立ちくらみ」などの症状を詳細に収集・整理し、臨床像を体系化したことに端を発します。当時は自律神経や循環機能を精密に測定する機器が乏しく、症状項目を並べて基準化する方法は、医学的に子どものつらさを救う画期的な取り組みでした。

一方で、旧診断基準は今日の観点からは幾つかの課題を残しました。第一に、大症状・小症状の区分に明確な生理学的根拠が乏しいこと。第二に、一項目内に複数の愁訴が併置されているため、重みづけが曖昧になりやすいこと。第三に、自覚症状と他覚所見が同一リスト上で混在していることです。

なかでも臨床上の影響が大きかったのは、生理学的検査所見が小症状として症状項目と並列に扱われ、循環生理学的異常の確認が診断の必須条件とはされていなかった点です。つまり、生理学的な客観的異常値がなくても診断が成立しうる余地を残していたのです。ただし、この枠組みは当時の実地臨床において一定の便益をもたらし、概念の認知拡大にもつながったと筆者は考えています。簡便な症状の拾い上げを中心に、すみやかに医療−家庭−学校での合意形成を進められるようになったことは、「怠け」や「気合いが足りない」といった文脈で扱われていた「しんどい子」たちを間違いなく保護しました。その一方で、「子どもの抱える困難のすべて」を、過度に「血圧の問題」として説明してしまうリスクも抱え込むことになりました。

こうした反省を踏まえ、日本小児心身医学会の現行運用では位置づけが改められています。まず、旧来の「身体症状11項目」は「診断の決め手」ではなく、「疑いを高めるスクリーニング項目」と再定義されました。そのうえで、新起立試験(※血圧回復時間を測定する起立試験)による循環評価を必須とし、客観所見に基づく診断を原則としました。さらに、姿勢変換に伴う循環調節異常の臨床像の異質性を踏まえ、起立直後性低血圧(INOH)、体位性頻脈症候群(POTS)、遷延性起立性低血圧(delayed orthostatic hypotension:delayed OH)、血管迷走神経性失神(VVS)といったサブタイプを明確に区別する構造へと更新されたのです。

なお国際的には、症候ベースの上位概念として起立不耐症(orthostatic intolerance: OI)を置き、その中核を体位性頻脈症候群(POTS)と起立性低血圧(orthostatic hypotension: OH)で構成する枠組みが一般的であり、1990年代より米国を中心に研究が盛んになっています。より「失神」に焦点を当てた身体疾患としての認知が主であり(※国外では一般に「立ちくらみ」そのものを治療対象とすべき病的状態とは考えない)、ノルアドレナリン過剰や神経原性、関節過伸展に伴うもの、自己免疫の介在が疑われるものなどが病因・病態として報告されおり、ICD-11やネルソン小児科学にも掲載されています。診断に至る背景の差異から、診断年齢中央値が30代で、女性比率が圧倒的に高いといった、ODとの疫学的な違いはたしかに存在しますが、それでもODを「ガラパゴス」と断じられるほど決定的に異なる概念とまでは言い切れず、身体疾患としての側面も決して無視できないのです。
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2. 「別のものに見える」という指摘

次の指摘は「別のものに見える」、すなわち「これはODではなく、本当は睡眠の問題(生理的夜型化/概日リズム障害※体内時計がずれて、昼夜逆転してしまうこと)ではないか」「うつや不安ではないか」「不登校ではないか」「神経発達症(ASD/自閉スペクトラム症、ADHD/注意欠如多動症)ではないか」といったものです。なお筆者自身、ここで挙げられている病名・状態については、多くの場面で「その通りだ」と考えています。では、筆者の反論はどこに向けられているのでしょうか。この点を説明するために、架空症例を用いた解釈モデルを提示します(図3)。
図3 架空症例を用いた解釈モデル
図3 架空症例を用いた解釈モデル
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まず病名とは、その子(人)に生じている困りごと(異常)を部分的に説明するための共通言語に過ぎません。しかし「しんどい子」たちを、ひとつの原因からひとつの結果へと直線的に結びつけるようなシンプルな構造で捉えようとすると、かえって理解が遠ざかり、有益な支援も見えにくくなります。ODも、睡眠障害も、抑うつ・不安も、不登校も、発達特性も、その子の一部を説明・理解するうえではいずれも「正しい」かもしれないけれど、同時にそのひとつで「すべて」を説明できるわけではありません。それぞれが互いに原因と結果として入れ替わりつつ、相互に修飾しあうことに留意が必要なのです。

実際、ODによる身体症状は登校を困難にしますが、不登校状態は身体活動量の低下(deconditioning)を通じてODを増悪させます。ADHD(注意欠如多動症)と診断されているからといって、その子の行動のすべてが「衝動性」だけで説明されるわけではないのと同様に、ODの子が抱えている困りごとにも、ODの病態に由来するものもあれば、別の病態に由来するものもありえます。

「なんでもかんでも血圧のせいにして、昇圧薬だけ処方しているのはODの方じゃないか」という声も聞こえてきそうです。その点については、たしかにそうした実態が小児科の中に存在することは否めず、筆者も望ましいとは考えていません。ただ、それでもここで伝えたいのは、別の疾患枠組みで説明可能だからといってODの存在が否定されるわけではないこと、裏を返せばODでしか説明できない症状(たとえば失神や失神前症状)があること、そしてなにより、個々の病名にとらわれるのではなく、身体・心理・行動・認知や発達の特性・環境が時間とともに絡み合って変化していく過程として病態をとらえ、その中でその子に生じている困りごとを理解し、説明することが重要である、という点なのです。

3. 「この疾患概念に有用性を感じない」という指摘

三つ目の指摘は、「結局、治療が難しい」「ラベルを貼るだけで役に立たない」といった、「有用性を感じない」というものですが、ここにも、多くの真実が含まれていると筆者は考えています。先述した通り、子どもの抱える困りごとのすべてを循環の話だけに還元し、血圧や自律神経の説明だけで完結させてしまえば、たしかに十分な変化が得られないことは少なくありません。

しかし、ODという診断名の「入口としての機能」に目を向けると、見え方が変わります。ODという名前がつくことで、本人にとっては「自分のつらさには説明がある」という安心感が生まれます。小児科・学校・家庭にとっても共通言語ができることで、睡眠や生活リズム、行動や学校調整、認知や発達の課題などへと支援の射程を広げやすくなります。日本において小児科は、心理的にも経済的にも物理的にも受診ハードルが低く、「からだの症状」を主訴として受診する子ども・家族と最初に出会う場になりやすいという特徴があります。その意味で、ODという身体疾患としての病名は、困っている子どもを医療とつなぐ「入口」として、まず有用だと言えます。

もちろん、課題がないわけではありません。私たち「からだの医者」としての小児科医は、血圧や睡眠といったテーマでつながった先で、心理・社会面で十分に良い関わりを提供することが、まだ得意とは言えないかもしれません。その子の抱える困りごとのすべてを、血圧の問題として説明しようとしすぎている点も、是正される必要があります。一方で、精神科医もまた、身体症状から始まる困りごとを丁寧に引き受けることを、まだ十分に得意としていない部分があるかもしれません。細分化された近代医学は各領域に深みを与え、発展に大きく貢献してきましたが、その一方で、領域横断的な視点を失ったことによる不利益ももたらしました。

実際には、Bio(からだ)– Psycho(心理)– Social(環境)が連動して病態をかたちづくる状態があり(図4)、そしてそれらは決して稀なものではありません。にもかかわらず、近年の私たち小児科医は、「こころ」をどこか聖域化しすぎているように感じます。わずかでも「こころ」が関与していそうだと感じると、ただちに精神科へ託すことこそが、責任あるプロフェッショナルとしての態度だと考えすぎているように感じます。決して「小児科医も精神疾患を診るべきだ」という主張をしたいわけではありません。「こころ」と「精神」は、医療の文脈においては少し違うように感じるのです。
図4 Bio-Psycho-Social model
図4 Bio-Psycho-Social model
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「診断名」はゴールではない。子どもを理解するための入口

「こころ」には、「あたたかい」「ひろい」「ちいさい」「かるい」「盗まれる」「ない」「くだける」「傷つく」など、さまざまな形容がしっくりきますが、「精神」ではしっくりきません。異常を正常に戻す対象としての「精神」に対して、「こころ」はその「ありさま」をただ理解しようとする対象なのではないでしょうか。私たちは異常か正常かという枠組みに縛られ、「治す」ことにばかり目が向き、変えることに必死になりすぎることで、子どもが抱えている大事な物語を見落としてはいないでしょうか。
その子には、たしかに「治すべき異常」があるのかもしれませんし、サポートが提供されるべき「困りごと」を抱えているのかもしれません。あるいは、温かい寝床とご飯、安心できる安全な場所を用意しながら、回復のタイミングを待つことしかできない、「いまはそんな気持ちになれない」という子なのかもしれません。有用性とは、「どの病名を与えるべきか」ということではなく、私たち医療者がどのような態度・姿勢で子どもと向き合うかに、大きく依存しているように感じています。

(東京医科大学小児科・思春期科学分野 准教授 呉宗憲)

まずは「分かろうとする」ことから始めてみる(編集部)

「治すこと」だけを急がなくていい——先生のこの言葉に、少し肩の力が抜けた方もいるかもしれません。診断名はゴールではなく、お子さんの物語を理解するための入口にすぎません。
大切なのは、「何ができていないか」ではなく、その子をまるごとで捉え、「何がつらいのか」「どうすれば少しラクになるのか」を一緒に考える姿勢です。
次回以降も、親子が少しでも安心して歩けるヒントをお届けします。(編集部)
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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。

※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
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