「好き」が増えることは、世界が広がることでもある――「趣味トーク」の現場から(金子総合研究所/東京学芸大学・加藤浩平先生)
ライター:加藤浩平
Upload By 加藤浩平
「趣味トーク」は、自分の「好き」を安心して語れる場であると同時に、ほかの人の「好き」に出合うフリートークの余暇活動です。自分の「好き」を相手に受け止めてもらえる場であると同時に、ほかの人の「好き」(自分にはなかった興味・関心)に触れ、少しずつ子どもたちの世界も広がっていきます――今回は、そんな「趣味トーク」という活動の魅力の一側面について考えてみます。
執筆: 加藤浩平
金子総合研究所 所長
東京学芸大学 非常勤講師
博士(教育学)
編集者として自閉症の子どもたちや家族への取材をするいっぽう、研究者として、自閉スペクトラム症(ASD)やその傾向のある子どもや若者たちを対象にした、テーブルトーク・ロールプレイングゲーム(TRPG)などを用いた余暇活動支援の実践・研究に取り組んでいる。
東京学芸大学 非常勤講師
博士(教育学)
自分の「好き」を話すだけでなく、ほかの人の「好き」にも出合える場
以前(第5回)のコラムでも紹介したように、「趣味トーク」は、発達障害、とくにASD(自閉スペクトラム症)やその傾向のある子どもたちが、自分の「好き」を安心して語れるようにルールを整えたフリートーク活動です。
「好き」を安心して語れる余暇活動の場――発達障害の子どもたちとの「趣味トーク」の効果とは(金子総合研究所/東京学芸大学・加藤浩平先生)
学校や家庭では「こだわり」と見なされがちな興味・関心が、この場では「持ち味」や「その子らしさ」として受け止められます。そして、「ほかの参加者の『好きなもの』を否定しない」というルールが共有されているため、子どもたちは身構えすぎることなく、自分の「好き」を表現することができます。
ただし、「趣味トーク」という活動の面白さは、自分の好きなことを話して終わるところだけではありません。活動を続けていくと、子どもたちは、自分の「好き」を表現することに満足するだけでなく、ほかの人が何を好きで、どのように語るのかを聞くことにも関心を向けるようになってきます。実際、「趣味トーク」の参加者を対象に実施したインタビュー調査でも、「ほかの人が好きなものについて聞けるのは新鮮で楽しい」「ほかの子の趣味についてもっと聞きたいし知りたいと思った」といった感想が語られていました。
このことは、「趣味トーク」が単なる「発表の場」ではなく、他者の世界に出合う場でもあることを示しています。自分の興味・関心だけに閉じこもるのではなく、自分の「好き」を表現する喜びを感じながら、同時にほかの人の「好き」にも触れてみる。「そんな作品があるんだ」「それは面白そうだな」と思えること。そうした小さな出合いの積み重ねが、子どもたちの「世界」の広がりにつながっているように思います。
ただし、「趣味トーク」という活動の面白さは、自分の好きなことを話して終わるところだけではありません。活動を続けていくと、子どもたちは、自分の「好き」を表現することに満足するだけでなく、ほかの人が何を好きで、どのように語るのかを聞くことにも関心を向けるようになってきます。実際、「趣味トーク」の参加者を対象に実施したインタビュー調査でも、「ほかの人が好きなものについて聞けるのは新鮮で楽しい」「ほかの子の趣味についてもっと聞きたいし知りたいと思った」といった感想が語られていました。
このことは、「趣味トーク」が単なる「発表の場」ではなく、他者の世界に出合う場でもあることを示しています。自分の興味・関心だけに閉じこもるのではなく、自分の「好き」を表現する喜びを感じながら、同時にほかの人の「好き」にも触れてみる。「そんな作品があるんだ」「それは面白そうだな」と思えること。そうした小さな出合いの積み重ねが、子どもたちの「世界」の広がりにつながっているように思います。
テーマを限定しないからこそ起きる「広がり」
「趣味トーク」は、筆者のオリジナルの活動ではありません。呼称などは違っていても、ASD(自閉スペクトラム症)をはじめとする発達障害の子どもたちが自分の「好き」を語り合う活動は、放課後等デイサービスや余暇活動の場など、さまざまな形で実践されています。なお、それらの場では、テーマを「鉄道」「アニメ・漫画」などに絞って実施していることも多いように思います。同じジャンルが好きな子ども同士が出会えば、もちろん会話は盛り上がりやすくなりますし、その良さはたしかにあります。
一方で、筆者が実践している「趣味トーク」は、基本的にテーマを限定しません。本人が「好き」だと思うものであれば、漫画でもアニメでもゲームでも、アイドルでも音楽でも、演劇でも電車でも歴史でも構いません。最近は参加している子どもたちの嗜好の結果として、アニメや漫画、VTuberやイラスト創作などの話題が多くなっていますが、あえてテーマを縛らないことに意味があると感じています。
というのも、テーマを広く開いておくことで、同じジャンルの仲間に出会うだけでなく、自分にとっては未知だった他者の「好き」にも出合えるからです。ここで起きているのは、単なる情報交換ではありません。ほかの参加者が何を大切にし、どこに魅力を感じているのかを知ることを通して、自分の世界の外側に触れる経験です。この「少し外へ出る感じ」が、「趣味トーク」の大きな魅力の一つだと思っています。
一方で、筆者が実践している「趣味トーク」は、基本的にテーマを限定しません。本人が「好き」だと思うものであれば、漫画でもアニメでもゲームでも、アイドルでも音楽でも、演劇でも電車でも歴史でも構いません。最近は参加している子どもたちの嗜好の結果として、アニメや漫画、VTuberやイラスト創作などの話題が多くなっていますが、あえてテーマを縛らないことに意味があると感じています。
というのも、テーマを広く開いておくことで、同じジャンルの仲間に出会うだけでなく、自分にとっては未知だった他者の「好き」にも出合えるからです。ここで起きているのは、単なる情報交換ではありません。ほかの参加者が何を大切にし、どこに魅力を感じているのかを知ることを通して、自分の世界の外側に触れる経験です。この「少し外へ出る感じ」が、「趣味トーク」の大きな魅力の一つだと思っています。
「情熱の共感」が湧き起こる場
「趣味トーク」の活動の中でも、同じジャンルの仲間が見つかって盛り上がることはもちろんあります。たとえば、同じ漫画を読んでいる子、同じアイドルを推している子、同じゲームをやっている子が出会えば、それだけで一気に距離が縮まることがあります。
ですが、筆者が活動の中で大事にしているのは、それだけではありません。たとえ自分の知らない作品であっても、自分の関心の外にある話題であっても、「この人はこれが本当に好きなんだな」と伝わってくることがあります。「その作品自体は知らないけれど、その熱量は分かる」と感じて、場があたたかくなる瞬間があるのです。筆者はこれを「情熱の共感」と呼んでいます。
知っていることや好きなものが一致して盛り上がれるのは、たしかに楽しいことです。ですが、ジャンルが違っても、「あの子の語っている『好き』は素敵だな」と思えることも、同じくらい大切だと筆者は考えています。そうした場では、子どもたちは自分の「好き」を守りながら、他者の「好き」にも少しずつ心を開いていきます。そして、その経験が、別の「好き」に触れてみるきっかけにもなっていくのです。
ですが、筆者が活動の中で大事にしているのは、それだけではありません。たとえ自分の知らない作品であっても、自分の関心の外にある話題であっても、「この人はこれが本当に好きなんだな」と伝わってくることがあります。「その作品自体は知らないけれど、その熱量は分かる」と感じて、場があたたかくなる瞬間があるのです。筆者はこれを「情熱の共感」と呼んでいます。
知っていることや好きなものが一致して盛り上がれるのは、たしかに楽しいことです。ですが、ジャンルが違っても、「あの子の語っている『好き』は素敵だな」と思えることも、同じくらい大切だと筆者は考えています。そうした場では、子どもたちは自分の「好き」を守りながら、他者の「好き」にも少しずつ心を開いていきます。そして、その経験が、別の「好き」に触れてみるきっかけにもなっていくのです。