「優しい子ども」はどう育つ?いじめで気づいた理想の教育環境とは
ライター:立石美津子
時間や場所を共有し共に育っていないと理解できないこともあります。私が住んでいる世田谷区ではすべての小学校に特別支援学級が設置されているわけではありません。これがある学校とない学校がありました。そんな地域での出来事です。
毎日嬉しそうに報告する息子
こんにちは!『1人でできる子が育つ テキトー母さんのすすめ』の著者の立石美津子です。私の息子はもう高校生になる知的障害を伴う自閉症ですが、小学校時代、毎日、通学路で苛められていました。
息子は家に帰ると「きもいって言われた」と嬉しそうに毎日報告してきました。「なんのことだろうな?」と思ってはいましたが、そのまま放っておいたのです。
数ヶ月経ち、隣の学校の副校長から「お詫びをしたいので学校に来てほしい」と連絡がありました。
どうも朝の登校中、息子は通学路で一緒になる隣の学校の生徒から、突かれたり罵倒されたりしていたらしいのです。
これを見ていた通学路にある家の人から「隣の学校の特別支援学級の生徒を○○小学校の生徒が毎日いじめている」と見るに見かねて通報した、ということでした。
数ヶ月経ち、隣の学校の副校長から「お詫びをしたいので学校に来てほしい」と連絡がありました。
どうも朝の登校中、息子は通学路で一緒になる隣の学校の生徒から、突かれたり罵倒されたりしていたらしいのです。
これを見ていた通学路にある家の人から「隣の学校の特別支援学級の生徒を○○小学校の生徒が毎日いじめている」と見るに見かねて通報した、ということでした。
隣の学校に呼ばれて行ってみると…
連絡が入り私は隣の学校に出向きました。ここは支援級のない学校でした。応接室に入ると副校長と数名の先生がズラッと並んでいて私に頭を下げました。そして「息子さんに嫌な思いをさせて本当に申し訳ありませんでした」と謝罪しました。
お詫びされてもどうしようもないので、こう言いました。
「幸い息子は知的遅れがあるので、いじめられているという意識は持っていないみたいです。ですからご心配はいりません。
ただ、やはり学校内に特別支援学級がないと、子ども達は変わった行動をとる友達を異質な者と感じて排除したくなるんですね。特にダウン症や肢体不自由の場合は見た目で障害がわかりますが、自閉症は顔つきは普通ですから変に思うのですね。
息子が通う小学校では、休み時間など毎日、支援級と普通級の児童が交流する場があるので、そういったいじめはありません。普通級の子ども達の意識には“知的遅れのクラスの子どもを助けてやらなければ”という気持ちが自然に育っている感じがしています。」
少し嫌味だったかもしれませんが、いじめにあっている子どもの親として副校長にこれだけは言いたかったのです。
実際に普通級の子ども達が息子の手を引いたりして、いつも気にかけてくれていて、普通級の子ども達にとっても良い環境であるのだと感じていました。
お詫びされてもどうしようもないので、こう言いました。
「幸い息子は知的遅れがあるので、いじめられているという意識は持っていないみたいです。ですからご心配はいりません。
ただ、やはり学校内に特別支援学級がないと、子ども達は変わった行動をとる友達を異質な者と感じて排除したくなるんですね。特にダウン症や肢体不自由の場合は見た目で障害がわかりますが、自閉症は顔つきは普通ですから変に思うのですね。
息子が通う小学校では、休み時間など毎日、支援級と普通級の児童が交流する場があるので、そういったいじめはありません。普通級の子ども達の意識には“知的遅れのクラスの子どもを助けてやらなければ”という気持ちが自然に育っている感じがしています。」
少し嫌味だったかもしれませんが、いじめにあっている子どもの親として副校長にこれだけは言いたかったのです。
実際に普通級の子ども達が息子の手を引いたりして、いつも気にかけてくれていて、普通級の子ども達にとっても良い環境であるのだと感じていました。
副校長は「そうですね。今度、息子さんを連れて学校に遊びに来てください。お友達を作りましょう」と言ってくれました。
でも息子は知らない子どもと交わる気持ちもなくストレスになると思いました。それにいじめた相手です。私が親としてその小学校に出向くことは嫌でしたので、こう答えました。
「お気持ちは嬉しいのですが息子は知らない人と関わることがストレスになります。
こちらの普通学級の生徒さんには障害のある子どもと交わることは、きっと良い体験となると思います…ですが申し訳ありませんが伺うことはできません」
思い返せば、確かに息子を連れて歩いている時、道で何度も「変なやつがまた来たぜ!」と指を差されたことがありました。
その度に私は、その子ども達を鬼のような形相で追いかけ「今、なんて言った?そういうこと言っていいと思ってるの!自分がやられたらどう感じるのよ!え!今度やったら二度と許さないからね!わかった!」と、完璧にブチ切れて怒鳴っていました。きっとその子たちにとって、かなり“怖いおばさん”に映っていたと思います。
ただ、愛する大事な我が子が指をさされて「きもい!変なやつ、頭狂ってる」言われたら、当然のように沸き起こる感情でした。
でも息子は知らない子どもと交わる気持ちもなくストレスになると思いました。それにいじめた相手です。私が親としてその小学校に出向くことは嫌でしたので、こう答えました。
「お気持ちは嬉しいのですが息子は知らない人と関わることがストレスになります。
こちらの普通学級の生徒さんには障害のある子どもと交わることは、きっと良い体験となると思います…ですが申し訳ありませんが伺うことはできません」
思い返せば、確かに息子を連れて歩いている時、道で何度も「変なやつがまた来たぜ!」と指を差されたことがありました。
その度に私は、その子ども達を鬼のような形相で追いかけ「今、なんて言った?そういうこと言っていいと思ってるの!自分がやられたらどう感じるのよ!え!今度やったら二度と許さないからね!わかった!」と、完璧にブチ切れて怒鳴っていました。きっとその子たちにとって、かなり“怖いおばさん”に映っていたと思います。
ただ、愛する大事な我が子が指をさされて「きもい!変なやつ、頭狂ってる」言われたら、当然のように沸き起こる感情でした。
ある意味救われた、「理解していない」ということ
学校に呼び出されるまで気が付かなかった私も「親としてなんてアンテナが低いんだろう」と反省しました。
ただ、ここで親として救われたと感じたことが1つあります。
それは息子が幸い知能が低いため、いじめられている自覚や意識がこれぽっちもなかったことでした。
息子は「“きもい”いるかなあ?」なんて言って、“きもい”の意味がわからず、相手の子どもの名前だと勘違いしている様子でした。
「ああ、これで知能指数80くらいあったら、本人もいじめられていることを感じるし、自分が人とコミュニケーションを上手くとれないことに悩むんだろうなあ。知能低いからこそ気づかなかったのは、かえってよかった」
そう、思ってしまいました。
ただ、ここで親として救われたと感じたことが1つあります。
それは息子が幸い知能が低いため、いじめられている自覚や意識がこれぽっちもなかったことでした。
息子は「“きもい”いるかなあ?」なんて言って、“きもい”の意味がわからず、相手の子どもの名前だと勘違いしている様子でした。
「ああ、これで知能指数80くらいあったら、本人もいじめられていることを感じるし、自分が人とコミュニケーションを上手くとれないことに悩むんだろうなあ。知能低いからこそ気づかなかったのは、かえってよかった」
そう、思ってしまいました。
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「理解できるから、生きづらい」
アスペルガー症候群の子どもたちは「自分は人とは少し違う」と感じとれるからこそ、悩むことも多いだろうなぁと思います。
知り合いのアスペルガーの青年は「○○(息子の名前)はいいよな。人と違うことや、おかしいってわかっていないから。俺もまともな自閉症に生まれたかった。羨ましい。生まれ変わりたい」と会う度に息子に向かって言うのです。
彼の言う「まともな自閉症」とは中度、重度のことを指していました。だから「グレーゾーンの子どもは結構辛いこともあるだろうな」と思います。
山田洋次監督の「学校2」という映画の中でも、軽度の知的障害のある生徒が、重度の子どもに対して「お前はいいよな、自分がバカだってことわからないから。俺は自分がバカだってことがわかるから凄く辛いんだ」というような言葉を呟いていた場面がありました。
人それぞれ、困難や試練がありますが、ついつい、ない物ねだりをしてしまうものです。立場や状況が変われば、相手の環境が羨ましく思ったりするのでしょう。
知り合いのアスペルガーの青年は「○○(息子の名前)はいいよな。人と違うことや、おかしいってわかっていないから。俺もまともな自閉症に生まれたかった。羨ましい。生まれ変わりたい」と会う度に息子に向かって言うのです。
彼の言う「まともな自閉症」とは中度、重度のことを指していました。だから「グレーゾーンの子どもは結構辛いこともあるだろうな」と思います。
山田洋次監督の「学校2」という映画の中でも、軽度の知的障害のある生徒が、重度の子どもに対して「お前はいいよな、自分がバカだってことわからないから。俺は自分がバカだってことがわかるから凄く辛いんだ」というような言葉を呟いていた場面がありました。
人それぞれ、困難や試練がありますが、ついつい、ない物ねだりをしてしまうものです。立場や状況が変われば、相手の環境が羨ましく思ったりするのでしょう。
「違いを受け入れる」機会を
冒頭に“通級の子ども達にとっても良い環境だと思った”と綴ったように、普通級の子どもにも、自分と違った人を受け入れる教育や機会がもっとあるといいなと思っています。
「障害児と一緒の学校では、足を引っ張られてしまう」と、支援学級併設を嫌がる親御さんも実際にいます。
ですが、社会は様々な人で構成されています。机上の学習で「思いやりの心を持ちなさい」「優しくしなさい」と言葉だけを教えてもうまくはいきません。
理想を言うのであれば、共に学ぶ環境があり、幼い頃から「違い」を当たり前のように体験していることは人間教育の上でとても大切なことだと思います。皆さんはどうお考えになりますか?
「障害児と一緒の学校では、足を引っ張られてしまう」と、支援学級併設を嫌がる親御さんも実際にいます。
ですが、社会は様々な人で構成されています。机上の学習で「思いやりの心を持ちなさい」「優しくしなさい」と言葉だけを教えてもうまくはいきません。
理想を言うのであれば、共に学ぶ環境があり、幼い頃から「違い」を当たり前のように体験していることは人間教育の上でとても大切なことだと思います。皆さんはどうお考えになりますか?
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