本日は🐧「タキシードポム」からお届け致します。
こんにちは。
突然ですが、「みる」という言葉には、漢字が5つあることをご存知ですか?
見る・観る・診る・看る・視る
どれも「目を向ける」という動作ですが、それぞれ意味がまったく違います。
■ 子どもへの「みる」は、どれですか?
・見る——映画を見る、空を見る。最もひろく使う基本の「みる」
・観る——舞台を観る、試合を観る。じっくり鑑賞し、見守る「みる」
・診る——患者を診る、脈を診る。医療的に状態を確かめる「みる」
・看る——病人を看る、老親を看る。寄り添い、世話をしながら見守る「みる」
・視る——現地を視る、じっと表情を視る。目を凝らして確かめ、点検する「みる」
支援の現場で私たちが子どもに向けているのは、どの「みる」でしょうか。
「見る」だけになっていないか。本当に「観る」「看る」ができているか。時に「診る」「視る」の目も必要ではないか。
この問いを持つだけで、子どもへの関わり方が変わってきます。
■ 子育ての悩みは「今」ではなく「未来への不安」から来ている
子育て中の方が悩むのは、今の状況がきっかけであっても、その根っこにあるのは「この先どうなるのか」という未来への心配や不安です。
それは私たちが積み重ねてきた経験・体験・思考から来ています。だからこそ、過去の体験に引っ張られて、目の前の子どもを「見る」のではなく、「自分のフィルター越しに見ている」ことが起きる。
子どもと向き合うとき、まず問いたいのはここです。
「私は今、どの『みる』で、この子を見ているか?」
■ 「怒ってはダメ」は本当に正しいのか
もう一つ、支援の現場でよく聞く言葉があります。
「怒ってはダメ」「怒らない育児がいい」
でも、これは本当に正しいのでしょうか。
『広辞苑』で「怒る」を引くと、「腹を立てる」「しかる」とあります。どこにも「悪いこと」とは書かれていません。
では、なぜ「怒る=悪い」というイメージが広まったのでしょうか。
それは「怒りという感情が湧くこと」と「その感情のまま子どもにぶつかること」が、混同されてきたからではないかと私は考えています。
感情は、止められません。子どもにイラッとすること、怒りを覚えること——それは人間としてごく自然な反応であり、罪悪感を持つ必要はありません。
大切なのは、その後のステップです。
一、「あ、今自分は怒っているな」と自己認知する
二、「何に対して怒っているのか」を自分の中で確かめる
三、そのうえで「子どもにどう向き合うか」を選択する
「感情をぶつける」のは大人側の発散です。でも「感情と向き合った上で、行動を選ぶ」のは、子どもを尊重した意図的な関わりです。
■ 怒ってもいい。でも、感情と行動を分ける
怒ることは悪いことではありません。感情を持つことは人間の自然な営みです。
問題は「怒りの感情」そのものではなく、その感情が「行動」に直結するかどうかです。
感情は湧いていい。でも、行動は選べる。
この違いを知っているだけで、子どもへの関わりはまったく変わります。
支援の現場で私が大切にしていることの一つが「自律=律する力(discipline)」です。子どもに律する力を育てたいなら、まず大人自身が、自分の感情と向き合い、行動を選べていることが必要です。
「みる」の漢字を選ぶように、感情の後の「行動」も選べる大人でいたい。
そう思いながら、日々の現場に立っています。
では、また。
こんにちは。
突然ですが、「みる」という言葉には、漢字が5つあることをご存知ですか?
見る・観る・診る・看る・視る
どれも「目を向ける」という動作ですが、それぞれ意味がまったく違います。
■ 子どもへの「みる」は、どれですか?
・見る——映画を見る、空を見る。最もひろく使う基本の「みる」
・観る——舞台を観る、試合を観る。じっくり鑑賞し、見守る「みる」
・診る——患者を診る、脈を診る。医療的に状態を確かめる「みる」
・看る——病人を看る、老親を看る。寄り添い、世話をしながら見守る「みる」
・視る——現地を視る、じっと表情を視る。目を凝らして確かめ、点検する「みる」
支援の現場で私たちが子どもに向けているのは、どの「みる」でしょうか。
「見る」だけになっていないか。本当に「観る」「看る」ができているか。時に「診る」「視る」の目も必要ではないか。
この問いを持つだけで、子どもへの関わり方が変わってきます。
■ 子育ての悩みは「今」ではなく「未来への不安」から来ている
子育て中の方が悩むのは、今の状況がきっかけであっても、その根っこにあるのは「この先どうなるのか」という未来への心配や不安です。
それは私たちが積み重ねてきた経験・体験・思考から来ています。だからこそ、過去の体験に引っ張られて、目の前の子どもを「見る」のではなく、「自分のフィルター越しに見ている」ことが起きる。
子どもと向き合うとき、まず問いたいのはここです。
「私は今、どの『みる』で、この子を見ているか?」
■ 「怒ってはダメ」は本当に正しいのか
もう一つ、支援の現場でよく聞く言葉があります。
「怒ってはダメ」「怒らない育児がいい」
でも、これは本当に正しいのでしょうか。
『広辞苑』で「怒る」を引くと、「腹を立てる」「しかる」とあります。どこにも「悪いこと」とは書かれていません。
では、なぜ「怒る=悪い」というイメージが広まったのでしょうか。
それは「怒りという感情が湧くこと」と「その感情のまま子どもにぶつかること」が、混同されてきたからではないかと私は考えています。
感情は、止められません。子どもにイラッとすること、怒りを覚えること——それは人間としてごく自然な反応であり、罪悪感を持つ必要はありません。
大切なのは、その後のステップです。
一、「あ、今自分は怒っているな」と自己認知する
二、「何に対して怒っているのか」を自分の中で確かめる
三、そのうえで「子どもにどう向き合うか」を選択する
「感情をぶつける」のは大人側の発散です。でも「感情と向き合った上で、行動を選ぶ」のは、子どもを尊重した意図的な関わりです。
■ 怒ってもいい。でも、感情と行動を分ける
怒ることは悪いことではありません。感情を持つことは人間の自然な営みです。
問題は「怒りの感情」そのものではなく、その感情が「行動」に直結するかどうかです。
感情は湧いていい。でも、行動は選べる。
この違いを知っているだけで、子どもへの関わりはまったく変わります。
支援の現場で私が大切にしていることの一つが「自律=律する力(discipline)」です。子どもに律する力を育てたいなら、まず大人自身が、自分の感情と向き合い、行動を選べていることが必要です。
「みる」の漢字を選ぶように、感情の後の「行動」も選べる大人でいたい。
そう思いながら、日々の現場に立っています。
では、また。