👑「できる」を奪わないで👑
こんにちは(^^♪『かみか企画』です⭐
発達に特性のある子には、どうしても苦手なことがあります。
もちろん、できないこともある。
その子によっては、できないことの方が多く見えることだってあります。
だから周りの大人が手伝う。
危なくないように守る。
難しいことは簡単にする。
これは必要な支援です。
でも、その支援がいつの間にか
🤔その子ができることまで奪う支援🤔になっていないでしょうか。
例えば、飛び出すこともなく、一人で安全に歩ける子なのに、どこへ行くにもずっと手をつなぐ。
ある程度自分で字を書ける子なのに、ずっと「なぞるだけ」のプリントをする。
本人ができるところまで、大人が先回りしてしまう。
一見すると丁寧な支援に見えます。
でも、できることまで大人がやってしまったり、本人の力よりずっと簡単なことだけを繰り返したりすると、
👍自分でできた👍
という経験まで奪ってしまいます。
💡「無理をさせない」と「何もさせない」は違う💡
逆のこともあります。
本人にとってかなり難しいことを、
「みんなやっているから」
「いつか必要になるから」
「学校の勉強だから」
という理由だけで繰り返しやらせることです。
例えば時計。
時間の概念や数字の理解など、いくつもの力が必要なので、その子の今の発達段階によっては、いくら繰り返しても理解することがとても難しい場合があります。
そんなときに大切なのは、
💡「もっと頑張らせること」ではなく、今この子がどこまで分かっているのかを見ること💡
勉強には、その子の認知特性によって、どうしても理解しにくい分野があります。
それなのに「できないからもっと練習」だけを続けてしまうと、勉強そのものが嫌になってしまうこともあります。
もし親御さんの一番の願いが
✨楽しく学校に行ってほしい✨
なのであれば、勉強によって学校そのものが嫌になるほど無理をさせる必要があるのか、一度考えてみてもいいと思います。
「宿題をやった」という形【だけ】になっていない?🤔
例えば夏休みの国語の宿題。
難しいからといって、答えを全部書いて、その上をなぞるだけにする。
それで宿題は提出できます。
でも、そこで一度考えてほしい。
【この子は今、何を学んでいるんだろう?】
「宿題を終わらせること」が目的になってしまって、本人の学びがなくなっているなら、場合によってはその課題をしないという選択肢があってもいいと思います。
もちろん、なぞり書き自体が必要な子もいます。
書字の練習として「なぞること」に目的があるなら、それは立派な支援です。
でも、自分で書ける子に「難しいから全部なぞって終わり」では、その子が持っている力を使う機会がありません。
💡支援は【全部やってあげること】ではない💡
支援というと、どうしても
できない → 手伝う
になりがちです。
でも本当に大切なのは
💪できないところは助ける💪
💪できるところは任せる。💪
そして、
💡少し頑張ればできそうなところだけ、一緒に挑戦する。💡
このバランスだと思います。
最初はたくさん手伝ってもいい。
でも、できるようになったら少しずつ大人の手を離していく。
それも支援です。
むしろ、
👍💡この子ならここまではできる👍💡
と信じて任せることも、大切な支援なんじゃないでしょうか。
発達に特性があるからこそ、できないことばかりに目が向きやすい。
だからこそ大人には、
「この子が今できることは何だろう?」
を探してほしい。
できないことを無理にやらせない。
でも、
👑できることまで奪わない。👑
その子の「できた」を守ることも、支援の大切な役割だと思います。
こんにちは(^^♪『かみか企画』です⭐
発達に特性のある子には、どうしても苦手なことがあります。
もちろん、できないこともある。
その子によっては、できないことの方が多く見えることだってあります。
だから周りの大人が手伝う。
危なくないように守る。
難しいことは簡単にする。
これは必要な支援です。
でも、その支援がいつの間にか
🤔その子ができることまで奪う支援🤔になっていないでしょうか。
例えば、飛び出すこともなく、一人で安全に歩ける子なのに、どこへ行くにもずっと手をつなぐ。
ある程度自分で字を書ける子なのに、ずっと「なぞるだけ」のプリントをする。
本人ができるところまで、大人が先回りしてしまう。
一見すると丁寧な支援に見えます。
でも、できることまで大人がやってしまったり、本人の力よりずっと簡単なことだけを繰り返したりすると、
👍自分でできた👍
という経験まで奪ってしまいます。
💡「無理をさせない」と「何もさせない」は違う💡
逆のこともあります。
本人にとってかなり難しいことを、
「みんなやっているから」
「いつか必要になるから」
「学校の勉強だから」
という理由だけで繰り返しやらせることです。
例えば時計。
時間の概念や数字の理解など、いくつもの力が必要なので、その子の今の発達段階によっては、いくら繰り返しても理解することがとても難しい場合があります。
そんなときに大切なのは、
💡「もっと頑張らせること」ではなく、今この子がどこまで分かっているのかを見ること💡
勉強には、その子の認知特性によって、どうしても理解しにくい分野があります。
それなのに「できないからもっと練習」だけを続けてしまうと、勉強そのものが嫌になってしまうこともあります。
もし親御さんの一番の願いが
✨楽しく学校に行ってほしい✨
なのであれば、勉強によって学校そのものが嫌になるほど無理をさせる必要があるのか、一度考えてみてもいいと思います。
「宿題をやった」という形【だけ】になっていない?🤔
例えば夏休みの国語の宿題。
難しいからといって、答えを全部書いて、その上をなぞるだけにする。
それで宿題は提出できます。
でも、そこで一度考えてほしい。
【この子は今、何を学んでいるんだろう?】
「宿題を終わらせること」が目的になってしまって、本人の学びがなくなっているなら、場合によってはその課題をしないという選択肢があってもいいと思います。
もちろん、なぞり書き自体が必要な子もいます。
書字の練習として「なぞること」に目的があるなら、それは立派な支援です。
でも、自分で書ける子に「難しいから全部なぞって終わり」では、その子が持っている力を使う機会がありません。
💡支援は【全部やってあげること】ではない💡
支援というと、どうしても
できない → 手伝う
になりがちです。
でも本当に大切なのは
💪できないところは助ける💪
💪できるところは任せる。💪
そして、
💡少し頑張ればできそうなところだけ、一緒に挑戦する。💡
このバランスだと思います。
最初はたくさん手伝ってもいい。
でも、できるようになったら少しずつ大人の手を離していく。
それも支援です。
むしろ、
👍💡この子ならここまではできる👍💡
と信じて任せることも、大切な支援なんじゃないでしょうか。
発達に特性があるからこそ、できないことばかりに目が向きやすい。
だからこそ大人には、
「この子が今できることは何だろう?」
を探してほしい。
できないことを無理にやらせない。
でも、
👑できることまで奪わない。👑
その子の「できた」を守ることも、支援の大切な役割だと思います。