子どもが外に出られなくなると、大人はつい「どうすれば学校に戻れるか」を急いで考えてしまいます。でも本当に必要なのは、背中を押すことではなく、その子の心がもう一度安心できる場所をつくることかもしれません。ある子が小さな動画をきっかけに、「ちょっと行ってみようかな」と思えるようになるまでには、焦らず、急がず、見通しを手渡す時間がありました。
不登校の子が通い始めるときに、最初に必要なもの
不登校のお子様への支援では、「学校に行けるようになること」が最終的な目標として語られがちです。
もちろん、学校に少しずつ戻れるようになることは大切な変化です。けれど、その前にもっと丁寧に見ておきたい段階があります。
それは、「外に出ることそのものが怖い」「人が多い場所に行けない」「知らない場所に入ることに強い不安がある」という状態です。
学校に行けないだけではありません。家の外に出ることや、誰かと会うこと自体に、大きなエネルギーが必要になっていることがあります。
だからこそ、最初の一歩はとても繊細です。
大人から見ると小さな一歩に見えることでも、その子にとっては全力で踏み出している一歩かもしれません。
あるお子様も、学校に行けない状態が続いていました。
学校だけでなく、人が多いところにも行くことが難しい。では、どうしたらいいのか。
お母様と相談しながら、「まずは朝の時間だけ、短い時間からスタートしてみるのはどうでしょう」と提案しました。
長い時間通う必要はありません。最初から完璧を目指す必要もありません。
まずは、短い時間でもその場所に来られること。
それだけで十分に意味があります。
ただ、そう決めたからといって、すぐにスムーズに通えるわけではありません。
ずっと家から出ていなかったお子様にとって、「通う」という行為そのものに大きな不安があります。行き渋りが出るのは、とても自然なことです。
そこで大切になるのが、「どうやって安心の入口をつくるか」です。
今の時代、動画を使うことができます。
スマホもあります。オンラインでつながることもできます。
この力を使わない手はありません。
私たちはまず、実際に通うお部屋で先生たちが動画を撮りました。
「〇〇ちゃん、待ってるよ」
「今日はこういうことをしようね」
そんなふうに、その子に向けて声をかける動画です。
その動画をお母様に送り、お母様からお子様に見せてもらいました。
すると、お子様にとっては、まるでYouTubeを見ているような感覚になります。
画面の中にいる人が、自分の名前を呼んでくれている。自分に向けて話しかけてくれている。
それだけで、知らない場所が少しだけ「知っている場所」に変わります。
不安の正体の多くは、見えないことです。
どんな部屋なのか。どんな人がいるのか。何をするのか。自分はそこで何を求められるのか。
それがわからないと、子どもの心は身構えます。
でも、先に動画で見通しが持てると、心の中に小さな準備ができます。
「あ、こういうお部屋なんだ」
「この先生がいるんだ」
「今日はこういうことをするんだ」
「それ、ちょっと好きなやつかも」
そこから少しずつ、「行ってみようかな」という気持ちが生まれていきます。
不安をなくすために必要なのは、説得ではなく、見通しであることがあります。
「来られた」が「楽しい」に変わるまで
実際に、そのお子様は通い始めることができるようになりました。
最初は小さな一歩です。
でも、一度来ることができると、その場所で楽しい経験ができます。
楽しい経験ができると、また次に来るイメージが少し湧きます。
「ここは怖い場所ではなかった」
「先生たちは自分を待っていてくれた」
「自分の好きなことができた」
そういう体験が積み重なると、心の中の世界が少しずつ変わっていきます。
そして、その変化はやがて学校へのイメージにもつながっていきます。
「学校も、少しなら行けるかもしれない」
「この時間だけなら行ってみようかな」
「この場所なら大丈夫かもしれない」
実際に、そのお子様は今、学校にも少しずつ行けるようになってきています。
もちろん、これは一気に起きた変化ではありません。
通い始めるまでの準備があり、通えた後の安心があり、その安心が次の一歩につながっていきました。
ただし、ここで一番大切にしたい前提があります。
不登校になっているお子様は、一旦、心が「ガシャン」となっていることがあります。
何かが壊れてしまったように感じている。
頑張りたいのに頑張れない。行かなきゃと思っているのに体が動かない。大丈夫と言われても、大丈夫ではない。
そんな状態の中で、さらに無理をさせてしまうと、また心がガシャンとなってしまいます。
だから、最初に必要なのは回復です。
学校に戻すことよりも先に、心が回復すること。
これが何より大切です。
支援者も、お母様も、お父様も、どうしても焦ってしまう瞬間があります。
「このままで大丈夫だろうか」
「早く動き出さないと遅れてしまうのではないか」
「少しでも前に進めないといけないのではないか」
そう感じるのは自然なことです。
けれど、子どもにとっての現状維持は、決して何もしていない状態ではありません。
大人から見える「現状維持」は、その子にとっては必死に保っているバランスかもしれません。
そこを見落とさないことが大切です。
現状維持は、回復の土台になる
「今日は来られなかった」
「昨日より進んでいない」
「また足踏みしている」
そう見える日もあります。
でも、その子の内側では、たくさんのことが起きています。
不安と向き合っている。行きたい気持ちと怖い気持ちの間で揺れている。自分を責めないように必死に耐えている。
その状態で、なんとか日常を保っている。
それだけでも、本当はすごいことです。
だから支援では、「もっと頑張ろう」よりも先に、「今を一緒に保とう」という姿勢が必要になります。
現状維持を否定しない。
その子が今できていることを、丁寧に認める。
その上で、ほんの少しだけ見る角度を変えていく。
たとえば、いきなり学校ではなく、まずは短い時間の通所から。
いきなり対面ではなく、まずは動画で顔を知ることから。
いきなり頑張らせるのではなく、まずは「ここなら安心かも」と思える材料を増やすことから。
その積み重ねが、子どもの心を少しずつ元気にしていきます。
不登校支援というと、何か特別なことをしているように思われるかもしれません。
でも実際には、とても地道なことの積み重ねです。
子どもの状態を見て、無理のない入口を考える。
お母様やお父様と相談しながら、今できる一歩を探す。
その子が安心できるように、見通しをつくる。
そして、できたことを一緒に喜ぶ。
それを丁寧に続けていくことです。
動画を送ることも、朝の短い時間から始めることも、決して派手な支援ではありません。
でも、その子の心にとっては、大きな意味を持つことがあります。
知らない場所が、少し知っている場所になる。
知らない先生が、自分を待ってくれている人になる。
不安しかなかった未来に、少しだけイメージが湧く。
その小さな変化が、次の行動を生みます。
「行けるようにする」ではなく、「行ってみようかな」を育てる
子どもを動かすことはできません。
けれど、子どもの中にある「行ってみようかな」という気持ちを育てることはできます。
そのためには、安心が必要です。
見通しが必要です。
そして、焦らず待つ大人の存在が必要です。
不登校の支援で大切なのは、正しい方法を一つ押しつけることではありません。
その子にとって、今どの入口なら入れるのかを一緒に探すことです。
玄関から入れないなら、動画から入ってもいい。
長い時間が難しいなら、短い時間からでいい。
学校が遠すぎるなら、まずは安心できる別の場所から始めてもいい。
一歩の形は、その子によって違います。
大切なのは、その一歩がその子の心を壊さないことです。
そして、少しだけ世界を広げてくれることです。
あの日、小さな動画を見たお子様の中に、「ちょっと行ってみようかな」という気持ちが生まれました。
それは大人から見れば、とても小さな変化かもしれません。
でも、その子にとっては、閉じていた世界に小さな窓が開いた瞬間だったのだと思います。
焦らなくていい。
急がなくていい。
心が回復していけば、子どもは自分のタイミングで、また外の世界に手を伸ばし始めます。
私たちにできるのは、その手が伸びたときに、安心してつかめる場所を用意しておくことなのだと思います。
不登校の子が通い始めるときに、最初に必要なもの
不登校のお子様への支援では、「学校に行けるようになること」が最終的な目標として語られがちです。
もちろん、学校に少しずつ戻れるようになることは大切な変化です。けれど、その前にもっと丁寧に見ておきたい段階があります。
それは、「外に出ることそのものが怖い」「人が多い場所に行けない」「知らない場所に入ることに強い不安がある」という状態です。
学校に行けないだけではありません。家の外に出ることや、誰かと会うこと自体に、大きなエネルギーが必要になっていることがあります。
だからこそ、最初の一歩はとても繊細です。
大人から見ると小さな一歩に見えることでも、その子にとっては全力で踏み出している一歩かもしれません。
あるお子様も、学校に行けない状態が続いていました。
学校だけでなく、人が多いところにも行くことが難しい。では、どうしたらいいのか。
お母様と相談しながら、「まずは朝の時間だけ、短い時間からスタートしてみるのはどうでしょう」と提案しました。
長い時間通う必要はありません。最初から完璧を目指す必要もありません。
まずは、短い時間でもその場所に来られること。
それだけで十分に意味があります。
ただ、そう決めたからといって、すぐにスムーズに通えるわけではありません。
ずっと家から出ていなかったお子様にとって、「通う」という行為そのものに大きな不安があります。行き渋りが出るのは、とても自然なことです。
そこで大切になるのが、「どうやって安心の入口をつくるか」です。
今の時代、動画を使うことができます。
スマホもあります。オンラインでつながることもできます。
この力を使わない手はありません。
私たちはまず、実際に通うお部屋で先生たちが動画を撮りました。
「〇〇ちゃん、待ってるよ」
「今日はこういうことをしようね」
そんなふうに、その子に向けて声をかける動画です。
その動画をお母様に送り、お母様からお子様に見せてもらいました。
すると、お子様にとっては、まるでYouTubeを見ているような感覚になります。
画面の中にいる人が、自分の名前を呼んでくれている。自分に向けて話しかけてくれている。
それだけで、知らない場所が少しだけ「知っている場所」に変わります。
不安の正体の多くは、見えないことです。
どんな部屋なのか。どんな人がいるのか。何をするのか。自分はそこで何を求められるのか。
それがわからないと、子どもの心は身構えます。
でも、先に動画で見通しが持てると、心の中に小さな準備ができます。
「あ、こういうお部屋なんだ」
「この先生がいるんだ」
「今日はこういうことをするんだ」
「それ、ちょっと好きなやつかも」
そこから少しずつ、「行ってみようかな」という気持ちが生まれていきます。
不安をなくすために必要なのは、説得ではなく、見通しであることがあります。
「来られた」が「楽しい」に変わるまで
実際に、そのお子様は通い始めることができるようになりました。
最初は小さな一歩です。
でも、一度来ることができると、その場所で楽しい経験ができます。
楽しい経験ができると、また次に来るイメージが少し湧きます。
「ここは怖い場所ではなかった」
「先生たちは自分を待っていてくれた」
「自分の好きなことができた」
そういう体験が積み重なると、心の中の世界が少しずつ変わっていきます。
そして、その変化はやがて学校へのイメージにもつながっていきます。
「学校も、少しなら行けるかもしれない」
「この時間だけなら行ってみようかな」
「この場所なら大丈夫かもしれない」
実際に、そのお子様は今、学校にも少しずつ行けるようになってきています。
もちろん、これは一気に起きた変化ではありません。
通い始めるまでの準備があり、通えた後の安心があり、その安心が次の一歩につながっていきました。
ただし、ここで一番大切にしたい前提があります。
不登校になっているお子様は、一旦、心が「ガシャン」となっていることがあります。
何かが壊れてしまったように感じている。
頑張りたいのに頑張れない。行かなきゃと思っているのに体が動かない。大丈夫と言われても、大丈夫ではない。
そんな状態の中で、さらに無理をさせてしまうと、また心がガシャンとなってしまいます。
だから、最初に必要なのは回復です。
学校に戻すことよりも先に、心が回復すること。
これが何より大切です。
支援者も、お母様も、お父様も、どうしても焦ってしまう瞬間があります。
「このままで大丈夫だろうか」
「早く動き出さないと遅れてしまうのではないか」
「少しでも前に進めないといけないのではないか」
そう感じるのは自然なことです。
けれど、子どもにとっての現状維持は、決して何もしていない状態ではありません。
大人から見える「現状維持」は、その子にとっては必死に保っているバランスかもしれません。
そこを見落とさないことが大切です。
現状維持は、回復の土台になる
「今日は来られなかった」
「昨日より進んでいない」
「また足踏みしている」
そう見える日もあります。
でも、その子の内側では、たくさんのことが起きています。
不安と向き合っている。行きたい気持ちと怖い気持ちの間で揺れている。自分を責めないように必死に耐えている。
その状態で、なんとか日常を保っている。
それだけでも、本当はすごいことです。
だから支援では、「もっと頑張ろう」よりも先に、「今を一緒に保とう」という姿勢が必要になります。
現状維持を否定しない。
その子が今できていることを、丁寧に認める。
その上で、ほんの少しだけ見る角度を変えていく。
たとえば、いきなり学校ではなく、まずは短い時間の通所から。
いきなり対面ではなく、まずは動画で顔を知ることから。
いきなり頑張らせるのではなく、まずは「ここなら安心かも」と思える材料を増やすことから。
その積み重ねが、子どもの心を少しずつ元気にしていきます。
不登校支援というと、何か特別なことをしているように思われるかもしれません。
でも実際には、とても地道なことの積み重ねです。
子どもの状態を見て、無理のない入口を考える。
お母様やお父様と相談しながら、今できる一歩を探す。
その子が安心できるように、見通しをつくる。
そして、できたことを一緒に喜ぶ。
それを丁寧に続けていくことです。
動画を送ることも、朝の短い時間から始めることも、決して派手な支援ではありません。
でも、その子の心にとっては、大きな意味を持つことがあります。
知らない場所が、少し知っている場所になる。
知らない先生が、自分を待ってくれている人になる。
不安しかなかった未来に、少しだけイメージが湧く。
その小さな変化が、次の行動を生みます。
「行けるようにする」ではなく、「行ってみようかな」を育てる
子どもを動かすことはできません。
けれど、子どもの中にある「行ってみようかな」という気持ちを育てることはできます。
そのためには、安心が必要です。
見通しが必要です。
そして、焦らず待つ大人の存在が必要です。
不登校の支援で大切なのは、正しい方法を一つ押しつけることではありません。
その子にとって、今どの入口なら入れるのかを一緒に探すことです。
玄関から入れないなら、動画から入ってもいい。
長い時間が難しいなら、短い時間からでいい。
学校が遠すぎるなら、まずは安心できる別の場所から始めてもいい。
一歩の形は、その子によって違います。
大切なのは、その一歩がその子の心を壊さないことです。
そして、少しだけ世界を広げてくれることです。
あの日、小さな動画を見たお子様の中に、「ちょっと行ってみようかな」という気持ちが生まれました。
それは大人から見れば、とても小さな変化かもしれません。
でも、その子にとっては、閉じていた世界に小さな窓が開いた瞬間だったのだと思います。
焦らなくていい。
急がなくていい。
心が回復していけば、子どもは自分のタイミングで、また外の世界に手を伸ばし始めます。
私たちにできるのは、その手が伸びたときに、安心してつかめる場所を用意しておくことなのだと思います。