枠からはみ出すことを、最初の一歩にしてもいい。うまく書けないとき、私たちはもっと小さく、もっと静かに、もっと指先だけで頑張ろうとして疲れてしまう。けれど、からだは順番を知っている。大きく動けば、やがて小さく収まる。私はその道筋を、音楽と肩の円運動の中で何度も見てきた。
文字が枠の中に収まらない——それは「できない」ではなく、からだがまだ道順を知らないだけだと思っている。多くの子どもは、低学年や未就学の頃に「枠の中に、こう書くんだよ」と教わる。けれど、小さい世界に急に招かれると、からだはギャーッと緊張し、落ち着いた頃には不安が顔を出す。小ささを求めすぎるほど、動きは固まり、書くことは苦しくなる。
そんなとき、私は練習をいったんやめる。枠に合わせる前に、からだの基礎を呼び起こす。感覚統合の土台に戻り、肩・肘・手首・指先がそれぞれの役割を思い出す時間をつくる。まずは分担——肩は大きく運ぶ、肘は方向を決める、手首は滑らかさをつくる、指先は止める・跳ねる・払いを仕上げる。それぞれが働き出すと、からだは「どの動きを、どこで使えばいいか」を取り戻していく。
ここで音楽をかける。拍で「シュッ、トントントントン。シュッ。」とリズムを刻みながら、肩を大きく回し、縦の線を前後に運び、肘で斜めへ導く。指を固定して、手首で滑らかさを試す動きも挟む。止める、縦、斜め、滑らか——書字に必要な要素を、楽しく、からだ全体で体験させる。指先に苦手意識がある子ほど、まずは大きな動きで遊ぶように練習するほうがいい。音と一緒に、肩から肘、肘から手首、手首から指先へと、動きの主役を小さく移していく。
- ハイライトライン1:
「小さく書けないときは、“もっと小さく”ではなく、“もっと大きく”から始める。」
- ハイライトライン2:
「からだは順番を知っている。大きく動けば、やがて小さく収まる。」
面白いのは、枠を忘れると枠に近づけることだ。最初は肩を固定してしまうくらい大きく、堂々と動いていい。線は太くていいし、リズムに乗っていい。そこから少しずつ、動きを小さくしていく。縦の運動は短く、斜めの運動は浅く、滑らかさは速度を落とす。緊張がほどけて、感覚機能が目を覚ますと、意識しなくても「止める」ことができる瞬間が訪れる。跳ねや払いも、力みではなく重力とタイミングでできてしまう。
このプロセスは、成功体験をつくるための道でもある。苦手意識は「できない」から生まれるけれど、からだが「あ、できちゃった」と言える場面を増やせば、不安は自然と薄まる。音楽はその橋になってくれる。拍が動きを支え、からだが拍に寄りかかる。心が拍に寄りかかる。すると、子どもは「書く」ではなく「踊る」ように線を運び、そのうち「書く」に静かに変わっていく。
もちろん、指先の精密さはいつか必要になる。けれど、指先だけを先に鍛えても、肩と肘の土台が眠ったままなら、細さは不安定なままだ。だから私は、枠の中に収める前に、枠の外でからだを解放する。肩が道を開き、肘が方向を与え、手首が滑らかさをつくり、指先が最後の点を置く。順番の体験が積み重なるほど、子どもは自分のからだと仲直りする。
今日も、私は「練習をやめる」ところから始める。書字の正しさより先に、動きの楽しさを返す。枠はあとからでいい。音楽をかけ、シュッ、トントントン、シュッ。大きく動いて、小さく落とす。すると、いつか訪れる。「あ、今、収まった。」その瞬間の表情を、私は何度でも見たいと思う。
4.
文字が枠の中に収まらない——それは「できない」ではなく、からだがまだ道順を知らないだけだと思っている。多くの子どもは、低学年や未就学の頃に「枠の中に、こう書くんだよ」と教わる。けれど、小さい世界に急に招かれると、からだはギャーッと緊張し、落ち着いた頃には不安が顔を出す。小ささを求めすぎるほど、動きは固まり、書くことは苦しくなる。
そんなとき、私は練習をいったんやめる。枠に合わせる前に、からだの基礎を呼び起こす。感覚統合の土台に戻り、肩・肘・手首・指先がそれぞれの役割を思い出す時間をつくる。まずは分担——肩は大きく運ぶ、肘は方向を決める、手首は滑らかさをつくる、指先は止める・跳ねる・払いを仕上げる。それぞれが働き出すと、からだは「どの動きを、どこで使えばいいか」を取り戻していく。
ここで音楽をかける。拍で「シュッ、トントントントン。シュッ。」とリズムを刻みながら、肩を大きく回し、縦の線を前後に運び、肘で斜めへ導く。指を固定して、手首で滑らかさを試す動きも挟む。止める、縦、斜め、滑らか——書字に必要な要素を、楽しく、からだ全体で体験させる。指先に苦手意識がある子ほど、まずは大きな動きで遊ぶように練習するほうがいい。音と一緒に、肩から肘、肘から手首、手首から指先へと、動きの主役を小さく移していく。
- ハイライトライン1:
「小さく書けないときは、“もっと小さく”ではなく、“もっと大きく”から始める。」
- ハイライトライン2:
「からだは順番を知っている。大きく動けば、やがて小さく収まる。」
面白いのは、枠を忘れると枠に近づけることだ。最初は肩を固定してしまうくらい大きく、堂々と動いていい。線は太くていいし、リズムに乗っていい。そこから少しずつ、動きを小さくしていく。縦の運動は短く、斜めの運動は浅く、滑らかさは速度を落とす。緊張がほどけて、感覚機能が目を覚ますと、意識しなくても「止める」ことができる瞬間が訪れる。跳ねや払いも、力みではなく重力とタイミングでできてしまう。
このプロセスは、成功体験をつくるための道でもある。苦手意識は「できない」から生まれるけれど、からだが「あ、できちゃった」と言える場面を増やせば、不安は自然と薄まる。音楽はその橋になってくれる。拍が動きを支え、からだが拍に寄りかかる。心が拍に寄りかかる。すると、子どもは「書く」ではなく「踊る」ように線を運び、そのうち「書く」に静かに変わっていく。
もちろん、指先の精密さはいつか必要になる。けれど、指先だけを先に鍛えても、肩と肘の土台が眠ったままなら、細さは不安定なままだ。だから私は、枠の中に収める前に、枠の外でからだを解放する。肩が道を開き、肘が方向を与え、手首が滑らかさをつくり、指先が最後の点を置く。順番の体験が積み重なるほど、子どもは自分のからだと仲直りする。
今日も、私は「練習をやめる」ところから始める。書字の正しさより先に、動きの楽しさを返す。枠はあとからでいい。音楽をかけ、シュッ、トントントン、シュッ。大きく動いて、小さく落とす。すると、いつか訪れる。「あ、今、収まった。」その瞬間の表情を、私は何度でも見たいと思う。
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