子どもの成長は、ある日突然大きく変わるように見えることがあります。でも本当は、その「できた」の後ろに、何度も交わされた小さな声かけや、先生同士の引き継ぎや、保護者の不安を受け止めてきた時間があります。プールに顔をつけられた——たったそれだけに見える出来事が、実はたくさんの人の継続した関わりによって生まれた大きな一歩だったりするのです。
継続する支援が、子どもの「できた」をつなげていく
ラフダイでは、いくつかの事業を通して子どもたちの成長を支援しています。
未就学のお子さま向けの児童発達支援。小学生から高校生までを対象とした放課後等デイサービス。そして、その二つとつながりながら行う訪問支援です。
正式には「保育所等訪問支援」と呼ばれる事業で、子どもが通っている幼稚園、保育園、学校などに訪問支援員が伺い、その子の日常の一場面を実際に見せていただきます。
その場で見るからこそ、わかることがあります。
どこでつまずいているのか。
どんな声かけなら入りやすいのか。
どんな環境なら、その子が安心して力を出せるのか。
教室の中で、園庭で、プールで、体育の時間で。
普段その子が過ごしている場所に入ることで、支援は机上のものではなくなります。保護者、学校や園の先生、そして私たち療育者が同じ情報を持ち、同じ方向を向いて、その子を包括的に支えていくことができます。
私はこの訪問支援を、とても大切な事業だと感じています。
ただ、現実にはまだ十分に普及しているとは言えません。
理由の一つは、学校側や園側にとって「外部の人が入ってくる」ことへの不安があるからです。
何をされるのかわからない。
何を言われるのかわからない。
余計なことを指摘されるのではないか。
そうした警戒心が生まれるのは、ある意味では自然なことだと思います。先生方も日々、子どもたちのために一生懸命向き合っています。その中に外部の人間が入ってくるとなれば、身構える気持ちがあって当然です。
だからこそ、最初に必要なのは支援の技術だけではありません。
信頼関係です。
私はもともと福祉の世界に長くいますが、その前には俳優をしていたり、営業の仕事をしていたりもしました。いろいろな企業と協業しながら、「一緒に何かを作っていきましょう」という経験もしてきました。
その中で強く感じているのは、相手は敵ではないということです。
学校も、幼稚園も、保育園も、私たちと敵対しているわけではありません。むしろ同じ方向を向いている仲間です。子どもにとってよりよい環境をつくりたいという願いは、きっと同じです。
ただ、相手が不安なだけなのです。
どんな人が来るのか。
どのくらいの頻度で来るのか。
実際に何をするのか。
先生たちは何を求められるのか。
そこが見えないから、壁ができる。
だから訪問支援を始める前には、こちらから丁寧に説明に伺います。一度ではなく、二度、三度と顔を合わせることもあります。
「こういう目的で入らせていただきます」
「何か疑問点はありますか?」
「不安なことはありますか?」
もし「ここは教育委員会に確認してほしい」と言われれば、すぐに動きます。そして確認した内容を持ち帰り、「こうでした」と伝えます。
そうやって、まずは安心していただく。
この作業は地味です。でも、とても大切です。
なぜなら、最初の安心が、その後の関係性をつくるからです。そして関係性ができて初めて、子どもへの支援が本当の意味でつながっていきます。
最近、あるスタッフから嬉しい報告がありました。
訪問支援を始めて二年目になるお子さんのことです。
学校や園では、一年ごとに担任の先生が変わることがあります。また、プールや体操など、課外の活動では外部の講師が入ることもあります。
そのとき、新しく関わる先生や講師の方は当然、その子がこれまでどんなふうに支援されてきたのかを知りません。
どんな声かけが合うのか。
どんなことが苦手なのか。
どこまでできるようになってきたのか。
どんな積み重ねがあったのか。
前任の先生からすべてが細かく引き継がれるとは限りません。現場は忙しく、人も変わります。どうしても情報が途切れてしまうことがあります。
そんなとき、後任の先生がラフダイの訪問支援員に聞きに来てくれたそうです。
「この子は、これまでどういうふうにやってきたんですか?」
「どんな声かけをしていましたか?」
これは本当に大きなことです。
外部の支援員が、ただ見学に来ている人ではなく、「この子のことを知っている人」として認識されている。困ったときに聞ける相手として、そこに存在できている。
それは一回の訪問で生まれるものではありません。
継続して通い、先生方と話し、子どもの小さな変化を見届け、必要なときに必要な情報を渡してきたからこそ生まれる関係です。
そのスタッフは、後任の先生にこれまでの経緯を伝えました。
「今まではこういう流れでやってきました」
「こういう声かけをすると、うまくいきやすいです」
「そして今日、見てください。プールに顔をつけられているんです」
その子にとって、プールに顔をつけることは簡単なことではありませんでした。
でも、その日はできていた。
周りから見れば、小さな出来事に見えるかもしれません。でも、その子を知っている人たちにとっては、とても大きな一歩です。
成長は、できなかったことができるようになった瞬間だけでなく、その瞬間を見逃さずに意味づける人がいることで、初めて共有されていく。
後任の先生も、その背景を知ったことで、「そうなんですね。ありがとうございます」と、とても感謝してくださったそうです。
その話を聞いたとき、私は本当に嬉しくなりました。
さらに嬉しかったのは、そのスタッフが昼礼で「聞いてくださいよ」と、自分のことのように全スタッフに共有してくれたことです。
「この子、こういうことができるようになったんですよ」
そうやって一人の子どもの成長を、スタッフみんなで喜べること。支援の成果を数字や報告書だけでなく、実感として分かち合えること。
こういう瞬間に、この仕事の意味が詰まっていると感じます。
学校や園には、それぞれの役割があります。
幼稚園には幼稚園の時間があります。
小学校には小学校の時間があります。
中学校には中学校の時間があります。
それぞれの先生方は、その時期の子どもたちを一生懸命支えてくださっています。
ただ、子どもの人生はそこで区切られているわけではありません。
幼稚園から小学校へ。
小学校から中学校へ。
次のステージへ、また次のステージへ。
子どもは続いていきます。
でも、支援する側の情報は途切れてしまうことがあります。先生が変わる。学校が変わる。環境が変わる。関わる大人が変わる。
そのたびに、子どもが一から説明され直されるような状態になってしまうこともあります。
だからこそ、私たちのように一体的に関わる存在がいる意味があります。
「幼稚園の頃はこうでした」
「小学校ではこういう支援が合っていました」
「この声かけで安心できることが多かったです」
「この活動は、ここまでできるようになってきました」
そうやって次のステージにいる先生方へ、子どもの歩みをつなぐことができます。
それは先生方にとっても安心になります。何もわからない状態で関わるのではなく、その子の歴史を少しでも知った上で向き合えるからです。
そして何より、子ども本人にとっても安心になります。
自分のことをわかってくれている大人がいる。
自分の苦手さを責めるのではなく、これまでの頑張りを知ってくれている人がいる。
次の場所でも、自分の歩みがちゃんと受け継がれている。
これは、とても大きな支えです。
支援とは、その場で助けることだけではなく、子どもの歩みが途切れないようにバトンを渡していくことでもある。
訪問支援の価値は、目の前の一場面だけにあるわけではありません。
もちろん、その場での声かけや環境調整も大切です。でもそれ以上に、継続して関わることで見えてくる成長があります。継続しているからこそ伝えられる背景があります。継続しているからこそ、先生方から頼っていただける関係があります。
最初は不安だった学校や園が、少しずつこちらを仲間として受け入れてくださる。
「この子はどうしたらいいですか?」と聞いてくださる。
そして子どもができるようになったことを、一緒に喜べるようになる。
その積み重ねが、包括的な支援につながっていきます。
今回の「プールに顔をつけられた」という出来事も、きっと一つの通過点です。
でも、その通過点にはたくさんの意味があります。本人の頑張りがあり、先生方の関わりがあり、保護者の見守りがあり、支援員の継続的な関わりがあります。
一つの「できた」は、一人だけで生まれるものではありません。
いろいろな人が、同じ方向を向いて、少しずつ安心を積み重ねていく。その先に、子どもの小さな一歩が生まれる。
だから私は、継続することの大切さを日々感じています。
訪問支援は、派手な仕事ではないかもしれません。目に見える成果がすぐに出ることばかりでもありません。むしろ、信頼をつくるまでに時間がかかる仕事です。
でも、その時間には意味があります。
二年目になって初めて見える景色があります。
先生が変わったときに、初めて役に立つ情報があります。
子どもが次のステージへ進むときに、初めて渡せるバトンがあります。
継続してきたからこそ、「この子はこうやって歩んできました」と伝えられる。
そしてその一言が、次に関わる大人の安心になり、子どもの安心になり、また新しい「できた」につながっていくのだと思います。
プールに顔をつけられた日。
それはただの一場面ではなく、継続してきた支援が一つの形になった日でした。
これからも私たちは、子どもたちの成長のそばに立ち、その歩みが途切れないように、先生方や保護者の皆さまと一緒にバトンをつないでいきたいと思います。
継続する支援が、子どもの「できた」をつなげていく
ラフダイでは、いくつかの事業を通して子どもたちの成長を支援しています。
未就学のお子さま向けの児童発達支援。小学生から高校生までを対象とした放課後等デイサービス。そして、その二つとつながりながら行う訪問支援です。
正式には「保育所等訪問支援」と呼ばれる事業で、子どもが通っている幼稚園、保育園、学校などに訪問支援員が伺い、その子の日常の一場面を実際に見せていただきます。
その場で見るからこそ、わかることがあります。
どこでつまずいているのか。
どんな声かけなら入りやすいのか。
どんな環境なら、その子が安心して力を出せるのか。
教室の中で、園庭で、プールで、体育の時間で。
普段その子が過ごしている場所に入ることで、支援は机上のものではなくなります。保護者、学校や園の先生、そして私たち療育者が同じ情報を持ち、同じ方向を向いて、その子を包括的に支えていくことができます。
私はこの訪問支援を、とても大切な事業だと感じています。
ただ、現実にはまだ十分に普及しているとは言えません。
理由の一つは、学校側や園側にとって「外部の人が入ってくる」ことへの不安があるからです。
何をされるのかわからない。
何を言われるのかわからない。
余計なことを指摘されるのではないか。
そうした警戒心が生まれるのは、ある意味では自然なことだと思います。先生方も日々、子どもたちのために一生懸命向き合っています。その中に外部の人間が入ってくるとなれば、身構える気持ちがあって当然です。
だからこそ、最初に必要なのは支援の技術だけではありません。
信頼関係です。
私はもともと福祉の世界に長くいますが、その前には俳優をしていたり、営業の仕事をしていたりもしました。いろいろな企業と協業しながら、「一緒に何かを作っていきましょう」という経験もしてきました。
その中で強く感じているのは、相手は敵ではないということです。
学校も、幼稚園も、保育園も、私たちと敵対しているわけではありません。むしろ同じ方向を向いている仲間です。子どもにとってよりよい環境をつくりたいという願いは、きっと同じです。
ただ、相手が不安なだけなのです。
どんな人が来るのか。
どのくらいの頻度で来るのか。
実際に何をするのか。
先生たちは何を求められるのか。
そこが見えないから、壁ができる。
だから訪問支援を始める前には、こちらから丁寧に説明に伺います。一度ではなく、二度、三度と顔を合わせることもあります。
「こういう目的で入らせていただきます」
「何か疑問点はありますか?」
「不安なことはありますか?」
もし「ここは教育委員会に確認してほしい」と言われれば、すぐに動きます。そして確認した内容を持ち帰り、「こうでした」と伝えます。
そうやって、まずは安心していただく。
この作業は地味です。でも、とても大切です。
なぜなら、最初の安心が、その後の関係性をつくるからです。そして関係性ができて初めて、子どもへの支援が本当の意味でつながっていきます。
最近、あるスタッフから嬉しい報告がありました。
訪問支援を始めて二年目になるお子さんのことです。
学校や園では、一年ごとに担任の先生が変わることがあります。また、プールや体操など、課外の活動では外部の講師が入ることもあります。
そのとき、新しく関わる先生や講師の方は当然、その子がこれまでどんなふうに支援されてきたのかを知りません。
どんな声かけが合うのか。
どんなことが苦手なのか。
どこまでできるようになってきたのか。
どんな積み重ねがあったのか。
前任の先生からすべてが細かく引き継がれるとは限りません。現場は忙しく、人も変わります。どうしても情報が途切れてしまうことがあります。
そんなとき、後任の先生がラフダイの訪問支援員に聞きに来てくれたそうです。
「この子は、これまでどういうふうにやってきたんですか?」
「どんな声かけをしていましたか?」
これは本当に大きなことです。
外部の支援員が、ただ見学に来ている人ではなく、「この子のことを知っている人」として認識されている。困ったときに聞ける相手として、そこに存在できている。
それは一回の訪問で生まれるものではありません。
継続して通い、先生方と話し、子どもの小さな変化を見届け、必要なときに必要な情報を渡してきたからこそ生まれる関係です。
そのスタッフは、後任の先生にこれまでの経緯を伝えました。
「今まではこういう流れでやってきました」
「こういう声かけをすると、うまくいきやすいです」
「そして今日、見てください。プールに顔をつけられているんです」
その子にとって、プールに顔をつけることは簡単なことではありませんでした。
でも、その日はできていた。
周りから見れば、小さな出来事に見えるかもしれません。でも、その子を知っている人たちにとっては、とても大きな一歩です。
成長は、できなかったことができるようになった瞬間だけでなく、その瞬間を見逃さずに意味づける人がいることで、初めて共有されていく。
後任の先生も、その背景を知ったことで、「そうなんですね。ありがとうございます」と、とても感謝してくださったそうです。
その話を聞いたとき、私は本当に嬉しくなりました。
さらに嬉しかったのは、そのスタッフが昼礼で「聞いてくださいよ」と、自分のことのように全スタッフに共有してくれたことです。
「この子、こういうことができるようになったんですよ」
そうやって一人の子どもの成長を、スタッフみんなで喜べること。支援の成果を数字や報告書だけでなく、実感として分かち合えること。
こういう瞬間に、この仕事の意味が詰まっていると感じます。
学校や園には、それぞれの役割があります。
幼稚園には幼稚園の時間があります。
小学校には小学校の時間があります。
中学校には中学校の時間があります。
それぞれの先生方は、その時期の子どもたちを一生懸命支えてくださっています。
ただ、子どもの人生はそこで区切られているわけではありません。
幼稚園から小学校へ。
小学校から中学校へ。
次のステージへ、また次のステージへ。
子どもは続いていきます。
でも、支援する側の情報は途切れてしまうことがあります。先生が変わる。学校が変わる。環境が変わる。関わる大人が変わる。
そのたびに、子どもが一から説明され直されるような状態になってしまうこともあります。
だからこそ、私たちのように一体的に関わる存在がいる意味があります。
「幼稚園の頃はこうでした」
「小学校ではこういう支援が合っていました」
「この声かけで安心できることが多かったです」
「この活動は、ここまでできるようになってきました」
そうやって次のステージにいる先生方へ、子どもの歩みをつなぐことができます。
それは先生方にとっても安心になります。何もわからない状態で関わるのではなく、その子の歴史を少しでも知った上で向き合えるからです。
そして何より、子ども本人にとっても安心になります。
自分のことをわかってくれている大人がいる。
自分の苦手さを責めるのではなく、これまでの頑張りを知ってくれている人がいる。
次の場所でも、自分の歩みがちゃんと受け継がれている。
これは、とても大きな支えです。
支援とは、その場で助けることだけではなく、子どもの歩みが途切れないようにバトンを渡していくことでもある。
訪問支援の価値は、目の前の一場面だけにあるわけではありません。
もちろん、その場での声かけや環境調整も大切です。でもそれ以上に、継続して関わることで見えてくる成長があります。継続しているからこそ伝えられる背景があります。継続しているからこそ、先生方から頼っていただける関係があります。
最初は不安だった学校や園が、少しずつこちらを仲間として受け入れてくださる。
「この子はどうしたらいいですか?」と聞いてくださる。
そして子どもができるようになったことを、一緒に喜べるようになる。
その積み重ねが、包括的な支援につながっていきます。
今回の「プールに顔をつけられた」という出来事も、きっと一つの通過点です。
でも、その通過点にはたくさんの意味があります。本人の頑張りがあり、先生方の関わりがあり、保護者の見守りがあり、支援員の継続的な関わりがあります。
一つの「できた」は、一人だけで生まれるものではありません。
いろいろな人が、同じ方向を向いて、少しずつ安心を積み重ねていく。その先に、子どもの小さな一歩が生まれる。
だから私は、継続することの大切さを日々感じています。
訪問支援は、派手な仕事ではないかもしれません。目に見える成果がすぐに出ることばかりでもありません。むしろ、信頼をつくるまでに時間がかかる仕事です。
でも、その時間には意味があります。
二年目になって初めて見える景色があります。
先生が変わったときに、初めて役に立つ情報があります。
子どもが次のステージへ進むときに、初めて渡せるバトンがあります。
継続してきたからこそ、「この子はこうやって歩んできました」と伝えられる。
そしてその一言が、次に関わる大人の安心になり、子どもの安心になり、また新しい「できた」につながっていくのだと思います。
プールに顔をつけられた日。
それはただの一場面ではなく、継続してきた支援が一つの形になった日でした。
これからも私たちは、子どもたちの成長のそばに立ち、その歩みが途切れないように、先生方や保護者の皆さまと一緒にバトンをつないでいきたいと思います。