ある日、夫が海外転勤に。妻と障害のある子は一緒に行ける?ダウン症のわが子を連れての駐在経験

2017/09/25 更新
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ダウン症の娘が中学1年生の秋、夫に突然海外赴任の話が持ち上がりました。赴任先はタイのバンコク。家族は一緒に行ける?行けない?!学校・療育・日常生活・日本人コミュニティ・・・障害がある子を連れての2年半にわたる海外生活についてつづります。

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ダウン症の娘との海外生活、紆余曲折の2年半

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担任のエイミー先生と娘
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「障害のある子と一緒に海外で生活すること」について、考えたことはありますか?

私は、現在16歳になるダウン症の娘と15歳の息子を育てている、40代後半のパート主婦です。
娘がダウン症だとわかった時、将来、旅行ぐらい行けたらいいな…とは思いましたが、まさか家族で海外に暮らすことになるなんて夢にも思いませんでした。
それどころか、夫には「もし転勤(もちろん国内)の話があっても、絶対に断ってね!!」と言っていたほどでした。

ところが、娘が中学に入った夏、突然持ち上がった夫のタイ・バンコクへの転勤話。紆余曲折ありながら、2年半現地の生活を楽しんで帰ってきました。

海外で障害のある子と暮らした体験談をつづりたいと思います。

タイに行きタイ!なんて話していたら…

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安くておいしい近所の食堂
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ダウン症の娘は、地域の保育園、小学校支援級、中学校の支援級へと進みました。
中学校では、まさかの陸上部に所属し、私はそのサポートでバタバタとしていました。
そんな時、夫に突然のタイ・バンコクへの転勤話が持ち上がったのです。

娘が小さなころは定期的な病院通いや療育のこともあり、引っ越しなんてとんでもない!!と思っていましたが、中学に入るころには、いろいろと落ち着き、「今なら行ってもいいかも?」と思えるようになっていました。

また、結婚した頃は海外赴任に憧れていた時期もあったので、夫婦で「タイに行きタイ!」と盛り上がりました。

とはいえ、学校や生活はどうなるんだ??ということで、タイの情報収集を始めました。

まずは学校。
タイのバンコクには「泰日協会学校」(通称:バンコク日本人学校)という、世界で一番古い、しかも世界で一番生徒数の多い日本人学校があります。
ホームページを見ると、小・中学校があり、支援級もあるとのこと。

また、「Group With」という海外で暮らす家族をサポートしているサイトの、「海外日本人学校における特別支援教育―心身の発達に障害があり、特別な教育的支援を必要とする児童生徒の受け入れについて」というアンケートをみたところ、中学生の受け入れもあるような体裁で書かれていました(今ははっきりと小学校6年生までと書いてあります)。

学校のホームページに「支援学校のお子さんは入学できません」とは書いてあったものの、我が娘は支援級在籍だし、何も問題ないだろうと思っていました。

夫とも、「家族で行く方向で考えよう!」ということになり、数カ月後、夫は一足早くタイへ旅立っていきました。

日本人学校編入希望が、まさかの「門前払い」に!?

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全校生徒参加の年に一度の劇。この年の演目は「アラジン」
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秋から、次年度の入学・編入受付が始まることで、申し込み日に子ども二人分の申し込みをしました。
ところが、まさかの「中学校には支援級がないので編入できません」とのお返事が…

メールを読みながら、サーっと血の気が引きキーボードを打つ手がわなわな震えるのを感じました。
しかし、伊達に障害児の母を15年もやっていません!(笑)わなわなしながらも、頭の中ではクルクルと相談先をサーチしていました。

まずは日本人学校編入学担当者へ「なんとか受け入れてもらえないか」というメールを出しつつ、現地の情報を集めることにしました。

偶然、以前勤めていた会社の同期がバンコクに駐在家族として住んでいたので、お友達経由で日本人学校中学部の障害のあるお子さんの状況を聞いてもらいました。

また、日ごろお世話になっている元支援学校の先生に、お知り合い経由で情報を聞いてもらうことにしました。

すると、このネット時代、海外の情報なのに、その日の夜には情報が入り始めました!

どうやら中学校にも障害のあるお子さんがいるらしいけれども、支援級は設置されていない様子。
そして、今後も障害のある生徒の中学部の受け入れは難しい状況のようだということがわかってきました。

それでもやっぱり「家族でいたい」決意の先に見えてきた道

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家族でサッカーサークルに入会。
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当時、下の息子は小学校5年生。
思春期の入り口で、とてもこれからの数年間を父親なしに私だけで育てる自信はありませんでした。

また、中学生になったとたんに、娘の進路に就労のことがちらつき始め、なんとなく閉塞感もあったことから
「とにかく家族でタイに行く!!」という方針は変えず、最悪の場合はホームエデュケーションでもいい!!というつもりで方法を探ることにしました。

日本人学校の小学校部支援級にいたお子さんが中学部に上がる時はどうしているのかと聞いたところ、ほとんどが日本に帰るか、現地校に行くとのお返事でした。でも、具体的な行き先は教えてもらえませんでした。

次にあたったのは、「海外子女教育振興財団」です。
ここにメールで相談したところ、インターナショナルスクールで障害児を受け入れているところをいくつか紹介してくれました。
しかし、どこも軽度の発達障害のお子さんが対象のようでした。

その次に、前出のGroup withのページでバンコクにある親の会「OZの会」の存在を知り、そちらにもメールを出しました。
すると、財団では紹介されなかった学校情報をいただくことができました。
そのうちの一つが、娘を受け入れてくれた、イギリス式インターナショナルスクールの養護学校、「The Village International Education Center 」でした。

夫が「14歳の日本人のダウン症の女の子で、全く英語がわからないけれど受け入れてもらえるか?」とメールを出したところ、
「大歓迎です!あなたのお嬢さんのよりよい教育環境を一緒に考えるために、日本からでは大変だと思うけれども、できたら、一度見学に来ませんか?」とすぐにお返事をもらいました。このお返事にどれほど救われたかわかりません。

ちなみに、この他にも、タイの非営利団体が運営している 「サタバン サエン サワン ファンデーション」という、障害児・者の通園施設に通っている日本人のお友達もいました。

ここはプロ集団だ!やっていけそう!

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家庭科の授業
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そんなわけで、12月のクリスマス休暇前に母子3人でバンコクへ下見に行きました。

バンコクは思ったよりも都会で、日本語対応の病院も近くにあることがわかりました。街の治安も悪くなく、「ここならばやっていけそう」だと感じたのを覚えています。

そして、家族でインターナショナルスクールの養護学校へ見学に行きました。
ヘッドティーチャーと少し話したのち、実際のクラスに1時間ほど入らせてもらうことに。7.8人の子どもに先生が2人。丁寧に子どもたちを見ながら指導していました。いきなりの訪問にもかかわらず、娘をすんなりと受け入れ、工作をしたり読み聞かせをしたりしてくれました。

娘も嫌がることなく、授業を受けている様子。その間、先生はじーっと子どものことを観察し、何ができて何ができないのかよく見ていました。日本だったら、すぐに「これはできますか?あれはどうですか?」と聞かれるようなところも、全て子どもとのやり取りの中で理解してくれたのです。

できあがった作品に名前を書くとき、最後の最後で「彼女はアルファベットが書けるか?」と初めて私の顔を見て確認する様子を見て、「この人たちはプロ集団だ!やっていけそう!」と強く思うことが出来ました。

背中を押してくれたのは、「専門家」ではなくて「私たちをよく知る人たち」

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学校のお友達のお誕生日会に招かれて。
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日本の特別支援教育を離れるにあたり、どこかサポートしてくれる機関はないかと、とある公的な相談機関にメールをしたところ「せっかくこれまで日本の教育で育ったのに、英語の環境になってしまうのはもったいない。たった2,3年の事ならば、お父さんに時々日本に帰ってきてもらうなどして親子の関係を保ちながら、日本で暮らすことを考えてもいいのではないか」というお答えもいただいたりもしました。

でも、娘が小さなときから私たち親子をよく知る地域の主任児童委員さんや、保育園、学童の先生、友達も「家族一緒が一番、久保さんちなら大丈夫よ!!私達ここで待っているからいってらっしゃい!!」と笑顔で背中を押してくれました。

そんなわけで、私達は無事2014年の4月からバンコク生活を始めたのでした。

イギリス式の養護学校での2年間で学んだもの

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特別支援教育の大ベテラン、シルビア先生
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娘と同時期に日本人学校小学部を卒業したダウン症の男の子も一緒に入学しました。

学校の中で唯一日本語が通じる相手で、最初は二人ともお互いを心のよりどころにしていたようです。彼と彼のお母さんがいてくれたおかげで、私達親子は頑張れたなぁと今でも出会いに感謝しています。

最初の一年間は、学校の中には誰も日本語がわかる先生がいない状態でしたが、先生方はあたたかく私たちを受入れ、そして時には厳しく指導してくださいました。

学校の大まかな流れ自体は日本とよく似ているので、娘たちは学校生活にすぐになじんでいきました。学校ではマカトンサインも取り入れていたため視覚支援も多く、困ることはなかったようです。

2年目からは週の半分ほど日本人の先生がサポートで入ってくださるようになり、そこから英語の理解も進んだように感じました。

娘たちは英語が全く分からないので、小学校高学年相当のクラスに入りました。
授業は、算数、英語、理科、社会、家庭科、体育がありました。算数に関しては、日本の小学校のほうが難しいことをしているので、娘にとっては簡単に感じたようです。

目標は「将来の自立」という点では日本と変わりはありませんが、そのアプローチは日本とはちょっと違うように感じました。

どの教科も、体験を通して学んでいくスタイルで、ビデオやiPadも活用しながらすすめていました。学校で宇宙のことを学んだことで、バンコクで行われていたNASA展に興味を示したり、家庭科でバランスの良い食事について学んだことで食べるものを意識するようになったりと、学ぶことにより、娘の視野が広がっていくのを感じました。

日本の中学校では、高校卒業後の就労を見据えて、洋服の畳み方だったり、挨拶の仕方だったりといった生活に関する体力作りが多くなり、教科学習が小学校に比べてぐんと減った感じがするのが、親としてはちょっと寂しかったのです。イギリス式養護学校での学びにより、生活や人生に幅が出るという体験はとても新鮮に映り、嬉しく感じました。

また、先生方は娘に可能な限り英語も教えようとしてくださり、2年目に入るころにはヒアリングはかなりできている状態だったように感じます。日本で英語を教えたことのある先生が取り出しで教えてくれるようになったこともあり、結果として在タイ中に英検5級と4級に合格することが出来ました。

これは、娘にとっても大変自信になりました。在学中に、学校のスタッフから感じたことは「障害があっても学ぶことを諦めない姿勢」だったように思います。

学校にST・OTが常駐しており、学期の終わりには関わる先生と一緒に評価と次の学期の目標設定をします。生徒数50名程度の小さな学校なので、スタッフも先生も子どもたちの様子をよく見てくれているという印象でした。

毎年全校で、リゾートホテルに泊まりに行く宿泊学習があったり、クリスマス前には全生徒が出演する劇もありました。劇が終わると学校の庭で先生や保護者と一緒にパーティーが催されるところが「インターナショナルスクールだなぁ!」と感じたところでした。

1年目の担任はインド人のシルビア先生。長年特別支援教育に携わってきた大ベテランの先生です。娘たちのことを大変かわいがってくださいました。

また、子どもだけではなく英語が全然できなかった私のこともフォローしてくれました。1年弱お世話になったところで故郷のインドに帰られたのですが、その時は涙の別れ。

いつかインドに遊びに来てねとお誘いも受けました。また一人恩師が増えました。

2年目以降は、イギリス人のエイミー先生。若くて年の近い先生で日本のアニメも知っていて、娘は先生と話したい!という気持ちが強くなって英語が上達したようにも思います。最後は娘お得意の「聞こえないふり」を見抜くほど娘のこともよく理解してくださいました。

日本に帰国後半年ほどたったときに、バンコクに残る父親を訪ねながら、また学校で1日交流させてもらったのですが、どこの部屋へ行っても子どもたちやスタッフの歓迎を受けて、確かにここは娘の居場所だったのだなぁと、あらためてジーンとしました。

制度がないだけに助け合うコミュニティ

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日本人のボランティアさん達とのグループ活動
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タイには、首都バンコクを中心に約7万人の日本人が住み、バンコクの日本人学校は2017年5月現在は小・中学校合わせて約2600人の生徒が在籍しています。

毎日約150台のバスが運行され、子どもたちを運んでくれています。日本人の多くが、企業のオフィスの多い街の中心地から、電車で30分くらいの範囲に集まって住んでいます。

世界でも比較的治安のいいバンコクではありますが、やはり日本と同じようにはいきません。

海外で暮らす人同士であること、また駐在家族は日本のように気軽にアルバイトに出たりできないため、時間に余裕のある人も多く、友達、近隣とのおつきあいは日本よりも多い印象です。

日本のように、福祉の制度も整っていない反面、「何かできることがあったら言ってね」と言われることが多かった気がします。

タイの特別支援教育・療育

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ポイントがたまって、ご褒美のアイスクリームショップ
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前出の日本人学校には小学部に特別支援級があり、日本から特別支援教育のスキルを持った教員が赴任し、手厚く専門的な指導をしているとのことです。また普通級在籍の生徒にも必要があれば個別の支援が行われ、日本人学校においては日本と同じ程度の特別支援教育が受けられると思われます。

しかし、義務教育期間ではありますが、私立なので障害のある児童や母国語が日本語でない生徒など特別な支援を要する児童については、学校と相談となるようです。詳しくはホームページなどに詳しく掲載されますので、ご確認ください。

療育に関しては、日本のような療育施設はありません。その代わり病院にPT・OT・ST・心理職がおり、療育を受けることが出来ます。ただし、言語はタイか英語なので通訳を手配する必要があります。

また、日本のように健康保険がないので、治療代については各企業で加入する駐在向けの海外旅行保険などで賄われます。また、療育センターに当たるものがありませんので、親子でのグループ療育や、保健福祉センターのように気軽に相談できる公的機関はありません。

タイに在住の発達に心配のあるメンバーは、日本人会の相談会を利用したり、サークルで情報交換や日本で療育関係にお勤めされていたボランティアさんに相談をしたりしながら、各自の判断で病院での療育を受けながら子育てしています。

子どもに寛容なタイ

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マンションの守衛さんたちと。毎日声をかけてくれました。
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タイは仏教が国教で、子どもたちを大事にするお国柄なので、子どもがどこで何をしても、タイの人たちは笑顔でそれを見守っています。

日本人からしたら、「お行儀が悪いなぁ」と思えるようなことをしていても、誰も怒る大人はいません。それどころか「元気ねぇ」とでもいうようなまなざしで見てくれています。だから、ちょっと動きの多いタイプのお子さんをお持ちのママさんたちは、「タイは本当に育てやすい!」と話していました。

また、困っていたらすぐに手も差し伸べてくれます。娘も身長がとても小さく子どもに見られるので、電車に乗るとすぐに席を譲ってくれます。

障害者に対する差別がないわけではありませんが、「タンブン」という、来世のために現世で徳を積むという仏教上よいとされている行いが生活の中に根付いており、障害のある人に対しても大変親切です。車いすを利用している友人は、タクシーから降りるとすぐに人がワーッと集まってきて階段をあげてくれると言っていました。

設備的には全くバリアフリーではありませんが、人の心にはバリアが少ないように感じます。

世界各地からいろいろな人種、民族、宗教の人が集まる観光都市なので「多様性」には大変寛容なのだと思います。
私もバンコクにいる間は、「日本人」つまり「マイノリティー」で娘と立場は同じでした。
ですから、娘が「ダウン症」であることを意識する機会がすごく減ったのが大変印象的でした。

海外赴任前に確認したほうがいいこと

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胃腸炎で入院。病室はホテルのよう。
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海外で暮らすときに、母親として気になるのは「教育」と「医療」です。

現地の病院にかかる時は、会社が加入している「海外駐在保険」を利用してかかることが多いです。保険の種類によって、療育は保障の範囲外だったり、会社からも療育の費用は自費扱いとなったりする場合があるので、お子さんがたくさん療育が必要な年齢の場合は、費用負担がどうなるのかを確認しておくとよいでしょう。

駐在で赴任する場合はたいてい日本の会社の健康保険はそのまま日本で使えるので、基礎疾患による経過観察が必要な受診や、詳しい発達検査などは一時帰国の時にまとめて受診する人が多いです。

ただし、現地採用になってしまうとそのあたりがなくなってしまうので、注意が必要です。赴任する土地にもよりますが、たくさんの予防接種が必要な場所もあります。

また、現地の医療のレベルには国によってかなり差があるので、よく情報を集めたほうがよいでしょう。

小学校、中学校での日本への帰国は、住民票を入れた時点で問題なく転校できますが、養護学校高等部の編・入学については、自治体によっては自治体内の中学を卒業していることが要件となる場合もあるようです。お子さんの年齢によっては、そのあたりも各自治体の教育委員会に確認してから渡航することをお勧めします。

また、海外へ引っ越しする際は、住民票は抜いていくので、「愛の手帳」などの障害者手帳は返還する自治体が多いと思います。よって一時帰国の際は手帳が使えません。ご注意ください。

タイが教えてくれたこと

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父親の会社の社員旅行で、社員さんと。
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バブル世代なので、海外旅行は何度かいったことがありますが、住んだことはなかったので、今回改めて、「日本のあたりまえが当たり前じゃない」ということを強く感じました。

これは、きょうだい児である弟も強く感じたようです。日本以外の多様な価値観を体で感じる機会に恵まれたことは、大変貴重な体験でした。

また、タイ人の社員と仕事をしているお父さんたちの話を聞くと、その様子は、とても「障害者雇用」に似ているなぁと感じました。

言葉がうまく通じない人たちといかにコミュニケーションミスを減らすか。相手の文化を尊重していかに心を通わせて、いいチームを作って企業としての成果を出していくか。

障害のある人達もある意味「違う文化を持った人」と言えるのではないでしょうか。

そういう意味では、障害のある子とない子が一緒に学ぶことも「インクルーシブ教育」と言わずに「グローバル教育」だと謳った方が受け入れてもらいやすいのではないかとも思うようになりました。

タイは貧富の差が激しく、また、社会福祉の整備は先進国に比べて遅れています。
しかし、だからこそ、人々の助け合いで成り立っている部分も多く、日本が失ってしまったものがたくさん残っているなぁと感じました。

また制度がないからこそ柔軟に対応できることも多いのだと思いました。

日本はこの10年、いや私たちが日本を離れている2年半の間にも、かなりいろいろな制度ができたり、児童デイなどの新しい施設が急激に増えたりと制度的には整ってきました。

しかし、新たな問題も生まれており、制度や施設ができればそれでいいというものでもないのだなと、半世紀くらい遅れたタイの福祉の状況を見て思いました。

最初から「無理」とあきらめないで

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卒業式はホテルで。海外ドラマみたい!
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タイで出会った、障害のある子を連れてまで海外に来たご家族は、みな明るく家族を大事にする人たちばかりでした。

数年後に子どものライフサイクルに合わせて母子だけで帰国する場合も多いですが、「行けるところまでは家族一緒に!」という思いで来ているのは同じでした。

障害のある子がいると、いろんなことを諦めなければならないような気がしてしまいがちです。

しかし、「『やる!』と決めたら、道は開けてくるもんだよね!!」と、仲間たちとよく話していました。

子どもが小さいうちはあまり実感がないと思うのですが、日本にいても、家族がみんな一緒に時間を共有できる期間は、実はそう長くはありません。一時の間、家族の時間を優先するというのも悪くないと自分や周りのお友達の様子を見ていて思います。

しかし、海外は日本のように何でも整っている環境ではないし、治安やその他不安要素もあり、いい面ばかりでないのも事実。
また、国や法律が守ってくれることも少ないので、すべてが「自己責任」となります。

働くお母さんが増えてきている今、お父さんだけではなくお母さんにも海外赴任の話が持ち上がることもあるかもしれません。
100人の話をきいたら、100通りの答えがきっとあり、どれが正しく、どれが間違っているとは言えないと思います。

ただ、もしも、ご両親のどちらかに海外赴任の話が持ち上がった時は、最初から「ああ、うちは無理無理!」とあきらめるのではなく、ご家族の優先順位をよく話し合い、現地の情報を集め、あらゆる方法を考えたうえで決められるとよいのではないでしょうか。

あきらめさえしなければ、親も子も「可能性は無限大!」2年間半のタイ生活を経て、実感しています。
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