母の知恵と「下敷き」一枚の革命

上司の「で?だから??」になにも返せなかった私。
デジタルの活用が許されない中、私は事務作業のデータチェックでもミスを連発していました。ちゃんとやっているつもりなのに、なぜか見落としてしまうのです。

「何とかしなければ」
追い詰められた私。そんな私を心配してくれた母があるとき「下敷きを使って、今見ている行以外を隠してみれば?」という方法を提案してくれたのでした。

そんなことで変わるの?と思いつつもお試し感覚でやってみたところ、驚くことにミスが激減しました。ハイテクな機器がなくても、工夫ひとつでこんなに変わるのだとびっくり!しかし同時に、疑問も湧いてきました。以前、同じ部署にいた聴覚障害の方は、電子ツールを使うことが「自然な配慮」として受け入れられていました。でも「LD・SLD(限局性学習症)」となると、なぜか「努力でカバーすべきもの」と見なされ、ツールを使うことが許されない。「もし、ここにノートパソコンがあれば、もっと力を発揮できたのに」その悔しさは、常に心のどこかにありました。

「あなたの配慮は、誰かのためになる」医師の言葉

職場での理解が進まず、心が折れそうになっていた時、私を支えてくれたのは、最初に私の特性を見抜いてくれた医師の言葉でした。

先生は、落ち込む私にいつもこう仰いました。

「企業の合理的配慮は、まだまだこれからです。でも、諦めないで伝え続けてください」「あなたへの合理的配慮で、あなた以外のほかの人も、仕事がしやすい環境が生まれるはずです」

私は「わがまま」を言っているのではない。「自分だけが得をするため」でもない。私が声を上げ、道を作ることで、あとに続く誰かが働きやすくなるかもしれない――。
そう考えると、冷たい言葉も、断られる辛さも、少しだけ受け止め方が変わりました。

コロナ禍を経て、世の中ではオンラインや電子機器の活用が「当たり前」になりつつあります。私が苦労したあの頃より、少しずつですが、風向きは変わってきているのかもしれません。

もし今、理由のわからないミスや、読み書きの異常な疲れに悩んでいる方がいたら、どうか諦めないでほしいです。「伝え続ける勇気」が、いつか誰かの「働きやすさ」に繋がる、そう信じて私もまた自分のペースで歩んでいこうと思います。

【発達ナビアンケート】「読み書きが苦手かも……?」悩みは決して珍しくありません

ここからは発達ナビのアンケート結果をご紹介します。発達ナビのアンケートには、「うちの子、読み書きが苦手かもしれない」という不安の声が多く寄せられています。
【うちの子、読み書きが苦手かも……?LD・SLD(限局性学習症)の悩み、伝えてみませんか?】
【うちの子、読み書きが苦手かも……?LD・SLD(限局性学習症)の悩み、伝えてみませんか?】
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回答には、
  • 板書を書き写すのに時間がかかる
  • 漢字や文章を書くとすぐ疲れてしまう
  • 何度練習しても同じミスを繰り返す

といった困りごとが多く見られました。
読み書きの苦手さは外からは分かりにくく、「努力不足」「不注意」と誤解されてしまうこともあります。しかし、背景に発達特性が関係している場合もあり、早めに困りごとを整理することが大切です

LD・SLD(限局性学習症)は「知的能力」とは別の困難です

LD・SLD(限局性学習症)は、「読む」「書く」「計算する」といった特定の学習領域に困難が生じる発達特性です。
重要なのは、これは知的能力の問題ではなく、情報処理の特性による困難であるという点です。
本人は理解しているのに、
  • 書く作業だけが極端に負担になる
  • 行を追うのが難しい
  • 書類作業でミスが増える
など、生活や学習、就労の場面でつまずきが生じることがあります。
参考コラムでも、読み書きの困難は本人の努力だけで解決するものではなく、周囲の理解と支援が重要であると伝えられています。
LD・SLD(限局性学習症)とは?診断や検査内容、他の発達障害との関係は?【専門家監修】のタイトル画像

LD・SLD(限局性学習症)とは?診断や検査内容、他の発達障害との関係は?【専門家監修】

合理的配慮の第一歩は「困りごとを具体的に伝えること」

アンケートの自由記述では、
  • 学校にどう相談すればいいか分からない
  • 周囲に理解されず本人が自信を失っている
  • 支援を求めることにためらいがある
といった声も目立ちました。

合理的配慮というと大げさに感じるかもしれませんが、実際には「小さな環境調整」から始めることができます。
例えば、
  • 板書を書き写す代わりにプリントを配布する
  • ノートPCやタブレット入力を認める
  • 行を追いやすくする補助具を使う
  • 作業時間を調整する
といった工夫です。
配慮とは特別扱いではなく、「本人が力を発揮するための環境づくり」。
ためらわず、相談してみることが大切です。
イラスト/ネコ山
エピソード参考/YOSHIMI

専門家コメント 阿部 利彦先生(星槎大学大学院教育実践研究科 教授)

まずは、ご自身の特性を正しく理解し、困難に立ち向かおうとする真摯な姿勢に深く敬意を表します。「読み書き困難」の背景には、文字のレイアウトや空間の把握に関わる視覚認知機能の弱さが大きく影響しており、これは決して努力不足ではありません。
現在、社会では「職場における合理的配慮」の提供が義務化されていますが、LD・SLD(限局性学習症)のような外見から分かりにくい特性への理解は未だ不十分です。そのため「静かに困っている」人がたくさんいるでしょう。今回求めたデジタル活用や視覚的工夫などの「個別の配慮がほかの人にとっても必要な支援である」という視点は、組織全体のミスを減らし、誰もが働きやすい環境を作るユニバーサルデザインの起点となります。
「伝え続ける勇気」が、社会の在り方を変える確かな一歩となることを信じています。(監修:星槎大学大学院教育実践研究科 教授 阿部 利彦先生)
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。

※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。

ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。

ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如・多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。

SLD(限局性学習症)
LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。
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