テレビ撤去に動画封印…ASDの長女と妹の「タブレット戦争」を乗り越えたい!わが家のデジタルメディア環境調整記録
ライター:にれ
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子育てにおいて、デジタルメディアとの付き合い方に悩むご家庭は多いのではないでしょうか。わが家もそのうちの一軒で、テレビやタブレットといかにして適度な距離を保つかで長年悩み続けています。今回は、子どもたちの成長に合わせて試行錯誤しているわが家のメディア環境についてのお話です。
監修: 室伏佑香
東京女子医科大学八千代医療センター 神経小児科
名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
筑波大学医学部卒。国立成育医療研究センターで小児科研修終了後、東京女子医科大学八千代医療センター、国立成育医療研究センター、島田療育センターはちおうじで小児神経診療、発達障害診療の研鑽を積む。
現在は、名古屋市立大学大学院で小児神経分野の研究を行っている。
名古屋市立大学大学院 医学研究科 生殖・遺伝医学講座 新生児・小児医学 博士課程
頼りつつも距離を取りたい、デジタルメディアへの矛盾した気持ち
「子どもに動画を見せ過ぎているかも」と悩む方は多いと思います。
わが家も同じで、これまで何度もデジタルメディアとの“ほど良い距離感”を模索してきました。
「コンテンツの内容にもよる」「親の関わり方でも変わる」「親が管理することが大事」とはいいますが、子どもの年齢によっても関心や親子の関係性は変化するので、実際のところ親が完璧にコントロールし続けるのは至難の業のように私には思えます。
わが家も未だ試行錯誤の途中ですが、ここまでの過程がどなたかのヒントになるかもしれないと思い、わが家におけるメディア視聴の変遷を振り返ります。
わが家も同じで、これまで何度もデジタルメディアとの“ほど良い距離感”を模索してきました。
「コンテンツの内容にもよる」「親の関わり方でも変わる」「親が管理することが大事」とはいいますが、子どもの年齢によっても関心や親子の関係性は変化するので、実際のところ親が完璧にコントロールし続けるのは至難の業のように私には思えます。
わが家も未だ試行錯誤の途中ですが、ここまでの過程がどなたかのヒントになるかもしれないと思い、わが家におけるメディア視聴の変遷を振り返ります。
テレビに頼っていた時期
わが家では、長女・まゆみが2歳になる頃からテレビ番組や動画を頻繁に見せるようになりました。
この数か月後にASD(自閉スペクトラム症)と知的障害(知的発達症)の診断が出るのですが、当時のまゆみはコミュニケーションが非常に難しく、一緒に遊びたくてもやりとりが成立しない状態でした。
働きかけに反応しないので必然的に独り遊びを見守る形になるのですが、一方で、まゆみは物への興味はとても強かったのです。
何でも触ったり口に入れたりするので、行く先々でまゆみの背中を追いかけ、危険があれば制止し、そのたびに癇癪を起こされ、消耗して帰る。そんな日々が続いていました。
ちょうどその頃、私は次女・あずさを妊娠中で体調が不安定だったこともあり、家の中ではリビングのテレビに頼る時間が増えていきました。一瞬たりとも目が離せないまゆみでしたが、メディアの視聴中はテレビの前でジッとしてくれるので、私も家事をしたり休憩したりすることができたのです。
一定時間見せたら目を休める、動画の後はふれあい遊びをする、寝る前の2時間は点けない、など一応のルールは設けていましたが、「2歳の子に動画を長いこと見せてしまっている……」という罪悪感はどうしてもありました。
「子どものデジタルメディア視聴は社会性の発達に影響する」といった話もあり、元より発達に遅れのあるまゆみに見せることへの不安も感じていましたが、それでも、“親子で安心・安全に過ごすためのツール”としての必要性が勝り、デジタルメディアは生活するために不可欠なものと捉えていました。
この数か月後にASD(自閉スペクトラム症)と知的障害(知的発達症)の診断が出るのですが、当時のまゆみはコミュニケーションが非常に難しく、一緒に遊びたくてもやりとりが成立しない状態でした。
働きかけに反応しないので必然的に独り遊びを見守る形になるのですが、一方で、まゆみは物への興味はとても強かったのです。
何でも触ったり口に入れたりするので、行く先々でまゆみの背中を追いかけ、危険があれば制止し、そのたびに癇癪を起こされ、消耗して帰る。そんな日々が続いていました。
ちょうどその頃、私は次女・あずさを妊娠中で体調が不安定だったこともあり、家の中ではリビングのテレビに頼る時間が増えていきました。一瞬たりとも目が離せないまゆみでしたが、メディアの視聴中はテレビの前でジッとしてくれるので、私も家事をしたり休憩したりすることができたのです。
一定時間見せたら目を休める、動画の後はふれあい遊びをする、寝る前の2時間は点けない、など一応のルールは設けていましたが、「2歳の子に動画を長いこと見せてしまっている……」という罪悪感はどうしてもありました。
「子どものデジタルメディア視聴は社会性の発達に影響する」といった話もあり、元より発達に遅れのあるまゆみに見せることへの不安も感じていましたが、それでも、“親子で安心・安全に過ごすためのツール”としての必要性が勝り、デジタルメディアは生活するために不可欠なものと捉えていました。
少し距離を置こうとした時期
その後も、一日のうち1~2時間ほど動画サイトやアニメ映画を見せる日常が続いていました。
変化があったのは、長女が年中、次女が2歳児クラスになった年です。
次女の成長とともに、少しずつ子どもたちの見たいものが食い違うようになったのです。
チャンネル争いの激化により、次女は怒り狂い、長女は爆泣き。子どもたちの動画タイムが親の休憩になるどころか、ストレスの種になってしまいました。
順番待ちを身につける良い機会かもしれない、とポジティブに捉えて何度も繰り返しルールを教えましたが、相手は知的障害(知的発達症)のあるASD(自閉スペクトラム症)の4歳児と、知的な遅れはなくともイヤイヤ期真っ盛りの2歳児です。まぁ無理でした、いろいろと……。
ある日とうとう私の方が爆発し、「こんなものがあるからいけないんだ‼」とリビングからテレビを撤去しました。
変化があったのは、長女が年中、次女が2歳児クラスになった年です。
次女の成長とともに、少しずつ子どもたちの見たいものが食い違うようになったのです。
チャンネル争いの激化により、次女は怒り狂い、長女は爆泣き。子どもたちの動画タイムが親の休憩になるどころか、ストレスの種になってしまいました。
順番待ちを身につける良い機会かもしれない、とポジティブに捉えて何度も繰り返しルールを教えましたが、相手は知的障害(知的発達症)のあるASD(自閉スペクトラム症)の4歳児と、知的な遅れはなくともイヤイヤ期真っ盛りの2歳児です。まぁ無理でした、いろいろと……。
ある日とうとう私の方が爆発し、「こんなものがあるからいけないんだ‼」とリビングからテレビを撤去しました。
“撤去”といっても2階の一室に移動させただけで、視聴ルールとしては「テレビが見たかったら2階へ行こうね」というゆるい変更。
ただ、無料動画サイトの視聴はケンカに発展することが多かったので、移動したついでにアプリも厳選することにしました。使用するアプリは会員制のものだけにして、見てもいいのはプロの作った子ども向け作品だけ。
生活空間からテレビを切り離した効果はテキメンで、見たがる素振り自体がなくなり、子どもたちがテレビを見る時間は激減しました。
次の問題は、それまでテレビ視聴にあてていた時間をどう過ごすかです。
この頃、長女はASD(自閉スペクトラム症)の子どもによく見られるクレーン現象の全盛期で、意思表示をしようとするたびに物理的に私の手を借りにきていました。次女も「ママママ!ママママ!」と、常に二人にくっつかれている状態で、無策のままでは炊事もトイレもできません。
そこで、それまでテレビ台のあった場所にキッズデスクと学習用タブレットを置いてみました。
「なんだ、結局デジタル画面を見せるんじゃないか」と思われるかもしれませんが、単に動画を眺めていた頃とは明らかに子どもたちの反応が違いました。
好きなキャラクターが画面にいてくれるけれど、動画ほどのめり込まないせいか、大きなケンカにならないのです。
タブレット学習にも賛否はあると思いますが、自分で考えながら手を動かして進めていくだけでもわが家にとっては一歩前進。
これまで完全に受動的だったテレビタイムが、学習用タブレットのおかげで少し能動的なものに変わりました。
子どもたちが交代で取り組む姿を横目に私はキッチンで唐揚げを作れるようになり、ようやくわが家に平和が訪れたのでした。
ただ、無料動画サイトの視聴はケンカに発展することが多かったので、移動したついでにアプリも厳選することにしました。使用するアプリは会員制のものだけにして、見てもいいのはプロの作った子ども向け作品だけ。
生活空間からテレビを切り離した効果はテキメンで、見たがる素振り自体がなくなり、子どもたちがテレビを見る時間は激減しました。
次の問題は、それまでテレビ視聴にあてていた時間をどう過ごすかです。
この頃、長女はASD(自閉スペクトラム症)の子どもによく見られるクレーン現象の全盛期で、意思表示をしようとするたびに物理的に私の手を借りにきていました。次女も「ママママ!ママママ!」と、常に二人にくっつかれている状態で、無策のままでは炊事もトイレもできません。
そこで、それまでテレビ台のあった場所にキッズデスクと学習用タブレットを置いてみました。
「なんだ、結局デジタル画面を見せるんじゃないか」と思われるかもしれませんが、単に動画を眺めていた頃とは明らかに子どもたちの反応が違いました。
好きなキャラクターが画面にいてくれるけれど、動画ほどのめり込まないせいか、大きなケンカにならないのです。
タブレット学習にも賛否はあると思いますが、自分で考えながら手を動かして進めていくだけでもわが家にとっては一歩前進。
これまで完全に受動的だったテレビタイムが、学習用タブレットのおかげで少し能動的なものに変わりました。
子どもたちが交代で取り組む姿を横目に私はキッチンで唐揚げを作れるようになり、ようやくわが家に平和が訪れたのでした。