36歳でアスペルガーと診断されて。高校教師の僕が今想うこと
ボクは現在45歳の高校教師。36歳の夏にADHD傾向の強いアスペルガー症候群と診断されました。でも、現在なら自閉スペクトラム症と診断されるでしょう。いいえ、そんな診断はできないかもしれません。人も社会も変わっていく、診断基準だって変わっていくのだということ、それはポジティブな変化だということをお伝えしたいと思います。
はじめまして、サンパチです。アスペルガーの高校教師です。
ボクは現在45歳。36歳の夏にADHD傾向の強いアスペルガー症候群と診断されました。あれから、あっという間に9年もの月日が流れ、ボクを取り巻く環境は大きく変わりました。時間はどんどん流れていくもの、日々それを実感しています。
そう、ボクは「人は変化する」ということ、そして「世の中もあっという間に変わる」という事実を皆さんと共有したいのです。これから何度かさせていただくであろう投稿も、全てそのことに関係することです。
手始めに今回は、みなさんの関心の一つであろう、発達障害の「診断名」についてお話します。
「診断名」だって、時代とともにどんどん変わっていきます。そして、診断を受けることは決してネガティブなことではなく、あなたがより良く生きることにつながっていくのだということをお伝えしたいと思います。
アスペルガー症候群(ASD/自閉スペクトラム症)とは?特徴と相談先【専門家監修】
【専門家監修】ADHD(注意欠如多動症)の3つのタイプとは?「不注意」「多動・衝動性」「混合」それぞれの特徴を解説
失敗の連続…それでも人は必ず成長する
「発達ナビ」を訪れるということは、何かしらのヒントを得たいと思われているのでしょう。つまり前向きで熱心で、自分と向き合っている方々だと推測します。
一方で、自分や周囲が変わっていくことを怖れることもあるでしょう。今より悪い方向に変わったらどうしようか不安に思うことも多いでしょう。それはもちろんボクも同じです。
でもね。もしあなたが今すごくお困りでも、今よりずっと悪くなることはないと思います。
ボクの人生は前に進むと必ず一歩後退しています。人間関係、仕事、子育て、失敗の連続です。でも、明けない夜はありません。明日が訪れ今日になる。その繰り返しの果てに今があります。振り返ってみるといつの間にかずいぶんと前に進んでいるのです。
だから、良いも悪いもなく、人は変化を繰り返しながら必ず成長しているんです。それでいいんです。
何か新しい出会いによって考え方が一変するかもしれませんが、それも成長だと受け止めていただけたら幸せです。
ボク自身こういった機会に恵まれたことで、また自分を見つめ、前進することが出来るのだと、とても光栄に思います。
時代が変われば、診断だって変わるのさ
ボクは2007年に、アスペルガー症候群だと診断されましたが、ボク自身はADHDの方が強いと認識していました。しかし、当時はアスペルガー症候群だと診断されるとADHDの併診はされませんでした。
ですから当時は、「ADHD傾向が強い」という表現にとどまっていたんです。しかし、今は違いますね。まずそもそも、アスペルガー症候群だと診断する医師は少なくなり、自閉スペクトラム障害、もとい自閉スペクトラム症というのが一般的になりつつあります。
そして、ADHDなど他の発達障害も併診することが出来るようになりました。中には、この2つを明確に分けるべきでないという医師も出てきました。目まぐるしい変化ですね。
法律も変わりましたね。通称「障害者差別解消法」が施行され、今後は合理的配慮とか基礎的環境整備が当たり前になるわけです。学校ではユニバーサルデザインの理念が取り入れられた授業が展開されてきています。
たった数年間の出来事なんですよ。皆さんにとっても身近なことだと思いますが、驚くべき進化ですね。携わって来られた方につくづく感謝申し上げます。
合理的配慮とは?考え方と具体例、合意形成プロセスについて【専門家監修】
ボクらは誰しも必要な人材。診断をうまく活かして歩いていこう!
もちろん個々で抱えるさまざまな問題がすべて解決しているわけではありませんが、世の中の流れに乗り、うまく生かせばボクの生活はますます好転するはずです。皆さんも一緒にその波に乗りましょうね。
ボクは未来をこんな風にイメージしています。
「障害のカテゴリーは、もっともっと細分化されるだろう。」
「障害が無くなるわけではないけれど、障害と感じることは少なくなるだろう。」
「仕事はもっと細分化されるだろう。そしてその人にあった仕事が見つかるだろう。ボクらが必要とされる日が近いだろう。」
医師に会うこと、そして発達障害だと診断されることは、まだまだとても怖いことかもしれません。まずは想定していた診断名ではない可能性もありますし、障害者というお墨付きを受けることは不幸だと感じられるかもしれません。
また、医師に会う前に覚悟を決めたはずなのに、いざその場になれば、未来が真っ暗に感じ、涙が止まらなくなるかもしれません。ボクの場合は、診断を受けて「嬉しかった」んですが、ボクの両親はショックだったでしょうね。
でもね、それは医師の診断の生かし方を知らないからです。
診断されるのは、一生涯変わることのない苦しみを与えられることではありません。今時点の状況を名付けたに過ぎないのであり、医師も明日のことはわからないんです。
実は診断されることによって、いろいろな支援を受けられることがありますし、診断によって今時点の自分を把握することは、生きていくための足場や逃げ場を見つけることにもつながります。
ボクがみなさんにお願いしたいのは、社会の流れにうまく身を委ねながら生きていくことであって、ご本人が無理に変わろうと努力することじゃないんです。
そこに留まらず流れ続けること、つまり明日を楽しみに待つことです。ボクらは誰しも必要な人材。診断されたことによって見つけた、とってもとっても小さな「希望」こそ大切にしましょう!今回はこの辺で。
[第1回] ADHDでアスペルガー。ハイブリッドな僕にとっての「仕事の面白味」
東大院で学び、当事者会活動も。ADHDの自分だからこそできることーー心理学の視点から社会問題を解決したい【連載 #見えない障害と生きる】
「キミがいなくなっても困らない」ミスをまとめた書面とともに突き付けられた退職勧告。ASD当事者が願う「誰も取りこぼさない社会」―発達障害を描いたCMプロデューサーが聞く【連載 #見えない障害と生きる】
大学での挫折、引きこもり、24歳での再診断。発達障害の彼を「僕らが一番苦手なことができる子」と評価する職場と出合うまで――――発達障害を描いたCMプロデューサーが聞く【連載 #見えない障害と生きる】
発達障害支援で必要なことは?「できたら褒める」は要注意?児童精神科医・吉川徹先生を取材――発達障害を描いたCMプロデューサーが聞く【連載 #見えない障害と生きる】