「人と比べてはいけない」のは分かっていても…

ほかの子どもと比較してしまう様子
©あべゆみこ
Upload By 立石美津子
比べてしまうのが人間なので、比べてしまう自分までもさらに否定してはならないと思います。なぜならば、否定することは、それこそ自分と他人を比較していることにほかならないからです。そして、意識するほどに比べる病が重症化してしまいます。

私は、息子を保育園に迎えに行くのが恐怖でした。ほかの保護者は保育士から「今日も一日楽しく過ごしていました」と言われているのに、私だけは担任から「今日も一日、保育室に入れず朝からずっと玄関にいました」などと報告を受けるからです。いつしか定型発達のクラスメートとその家族に対する「羨ましい」という気持ちは、「妬ましい」となり、そんな自分を責めました。

けれども、それは自然に起こる感情です。それさえも否定してしまうと気持ちの持っていき場がなくなります。「比べるのが人間のさが」と思うようにして、自分をいじめないようにしました。

※監修者注
さまざまな障害を持ったお子さんの保護者に対するストレスケアの一つとして「親の会」があります。各地域にある親の会を利用することによって、悩んでいるのは自分だけではないということが分かるはずです。

リフレーミングは難しいから

枠組みを変える「リフレーミング」。例えば「授業中立ち歩く、教室から脱走する=好奇心旺盛、将来起業家になるかも」のようにとらえる方法です。

でも、私は辛い子育ての渦中にいるとき、そんな風にとらえなおすことはできませんでした。どうしてかというと、子どもが4歳ならば親も4歳だからです。

集団行動がとれず勝手に立ち歩く息子を「好奇心旺盛な子」「自分の意志をしっかりと主張できる」「周りに流されない」なんて思うことはできず、「人並に普通にできないことは、子育てが上手く行っていないこと、しつけが出来ないダメ親」なのだと思っていました。

リフレーミングできない親としての自分を責めるのではなく、“リフレーミングという方法”を知識として知っておくだけで十分だと思います。どうしてかと言うと、弱みが強みとなり、それが将来役に立つとは、親としてまだ未熟なときは思うことができないからです。

療育では「子どもが生きやすくなるか」の視点が大切

療育とは障害のある子が日常生活を送りやすくするための方法を自身に学ばせること。もし、「出来るだけ定型発達児に近づけるように」と考えると、二次障害を起こすなどデメリットがあると感じています。

幼児期、聴覚過敏のある息子は公衆トイレのジェットタオルの音を怖がり、外出時、トイレに行けなくて困りました。そのためこれに慣らす訓練を受けました。しかし、息子は外出先でますますトイレに行けなくなり、オムツを外すことが小学校入学までできなくなってしまいました。

療育は定型発達に近づけるために行うものではなく、子どもが生きやすくなるための方法を身につけていくために行うべきだと私は思います。
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