「楽しく遊ぶ」は、甘やかしでしょうか。
以前のブログで、「遊んでいるだけ」に見える時間の中で、私たちが何を見て、どんなことを考えながら子どもたちと関わっているのかを書きました。
順番を待つこと。
自分の気持ちを伝えること。
相手の気持ちに気づくこと。
失敗して、もう一度やってみること。
一見するとただ遊んでいるように見える時間にも、子どもたちの成長につながる経験がたくさんあります。
今回は、その話をもう少し掘り下げてみたいと思います。
そもそも、なぜリフライズは「楽しく過ごすこと」や「遊ぶこと」を、こんなにも大切にしているのか。
「楽しいことばかりでいいの?」
「嫌なこともやらせないと、社会に出て困るのでは?」
「それって甘やかしているだけじゃない?」
そんな見方もあると思います。
でも私は、以前から少し違う考えを持っています。
【子どもは、もっと甘えていい。もっと楽しく遊んでいい。】
安心して大人を頼れることは、自立の妨げになるどころか、むしろ自立していくための土台になるのではないか。
今回は、私たちがずっと大切にしてきたこの考えについて、少し研究も交えながら書いてみます。
安心して甘えられることは、自立を妨げるのでしょうか。
たくさんの子どもやご家庭と関わっていると、
「この子は、お父さんやお母さんに本当に大切にされているんだろうな」
と感じることがあります。
もちろん、家庭環境だけで子どもの成長が決まるわけではありませんし、私たちが外からご家庭を評価するような話でもありません。
ただ、安心して大人を頼れる子を長く見ていると、人からの優しさを素直に受け取れたり、困ったときに「助けて」と言えたり、失敗してもまた人と関わろうとできたりする。
そんな姿を見ることがあります。
そして、発達心理学の研究にも、これと重なるものがあります。
2014年に発表された研究で4,441人の子どもを対象とした分析では、親との間に「安定した愛着」、簡単に言えば「安心して頼ることのできる関係」が形成されている子どもほど、友達との関係を築く社会的能力が高いことが報告されています。
また、別の分析でも、親との安定した愛着と、他者を助けたり、分け合ったりする「向社会的行動」との関連が報告されています。
もちろん、こうした研究は「たくさん甘えさせれば、必ずこう育つ」という単純な因果関係を示しているわけではありません。
ただ、少なくとも「人を頼ること」と「自立すること」は、反対のものではないということです。
安心して誰かを頼ることのできた経験は、他者を信頼し、人と関係を築いていく土台にもなります。
「甘えさせると自立できなくなる」のではなく、十分に安心して人を頼れることが、その先の自立につながっていく。
私は、そう考えています。
「甘やかす」と「甘えられる」は違います
ここは、とても大切なところです。
私が言いたいのは、
何をしても許す。
欲しいものを何でも与える。
嫌なことは全部やらなくていい。
ということではありません。
「甘やかすこと」と「安心して甘えられること」は違います。
ダメなことはダメと伝える。
友達を傷つければ、一緒に考える。
自分でやるべきことなら、必要な支援をしながら挑戦してもらう。
でも、その過程で失敗したとしても、
「困ったら助けるよ」
「大丈夫」
「もう一回やってみよう」
と言ってくれる人がいる。
うまくできたかどうかで、その子自身の価値まで変わるわけではない。
私は、そういう安心感がとても大切だと思っています。
安心できる場所があるから、挑戦できる
発達心理学には、「安全基地(secure base)」という考え方があります。
子どもは、安心して戻ることのできる人や場所があるからこそ、そこを拠点に外の世界を探索していきます。
怖くなったら戻る。
安心したら、また挑戦する。
失敗したら戻る。
そして、またやってみる。
そうやって少しずつ、自分の世界を広げていきます。
だとすれば、
「安心させる → 甘える → 自立できなくなる」
ではなく、
「安心できる → 挑戦できる → 失敗しても戻れる → また挑戦できる → 少しずつ自立していく」
なのではないでしょうか。
安心させることと、自立を促すことは、反対ではない。
むしろ、安心できる場所があるからこそ、一歩外へ踏み出せる。
私たちはそう考えています。
だから、リフライズは「楽しく遊ぶ」を大切にしています
ここで、前回の「遊び」の話につながります。
遊びの中では、思い通りにならないこともあります。
負けることもある。
友達とぶつかることもある。
失敗することもある。
それでも、「ここなら大丈夫」と思える場所であれば、もう一度やってみることができます。
私たちが「楽しく遊ぶこと」を大切にしているのは、子どもの好きなことだけをさせたいからではありません。
まず、
「ここなら大丈夫」
「この人なら大丈夫」
「ここに来るのが楽しい」
そう思える関係や場所をつくりたいからです。
その安心感があって初めて、人と関わったり、失敗したり、新しいことに挑戦したりできる。
だから私たちは、楽しく過ごすことを支援の反対側に置いていません。
楽しい時間も、安心できる関係も、支援の土台そのものだと考えています。
「社会は厳しいから、子どものうちから厳しく」は本当でしょうか
「社会に出たら、そんなに甘くない」
これは確かにその通りです。
社会に出れば、思い通りにならないこともあります。
嫌なこともあるし、失敗もする。
理不尽な出来事に出会うことだってあるでしょう。
だからこそ私は思います。
社会に出れば嫌でも出会う厳しさを、子どものうちから大人が先回りして与える必要が、本当にあるのでしょうか。
厳しい社会を生きていくために必要なのは、何があっても一人で耐える力だけではないはずです。
困ったときに「助けて」と言える。
誰かを信頼できる。
失敗しても、またやり直せる。
自分を受け入れてくれる場所を知っている。
そして、自分が受け入れてもらったように、誰かのことも受け入れられる。
そういう力もまた、社会で生きていくために必要な力だと思います。
子どもは、もっと甘えていい
前回、「遊んでいるだけ」に見える時間にも、私たちはたくさんの成長を見ていると書きました。
でも、その遊びが子どもの成長につながっていくためにも、まず必要なのは「ここなら大丈夫」と思えることなのだと思います。
安心できるから遊べる。
楽しいから人と関われる。
信頼できる人がいるから失敗できる。
失敗しても戻れるから、また挑戦できる。
その繰り返しの先に、自立がある。
私はそう考えています。
自立とは、誰にも頼らなくなることではありません。
必要なときには人を頼る。
自分にできることは自分でやる。
そして、ときには自分が誰かを支える。
それも一つの自立の形ではないでしょうか。
だからリフライズは、これからも子どもたちが安心して過ごし、「楽しい」と思える場所でありたいと思います。
楽しく遊ぶことは、甘やかすことではありません。
【安心して遊べる場所だからこそ、育つ力がある。】
私たちは、そう考えています。
kids spaceリフライズ
代表 山口
以前のブログで、「遊んでいるだけ」に見える時間の中で、私たちが何を見て、どんなことを考えながら子どもたちと関わっているのかを書きました。
順番を待つこと。
自分の気持ちを伝えること。
相手の気持ちに気づくこと。
失敗して、もう一度やってみること。
一見するとただ遊んでいるように見える時間にも、子どもたちの成長につながる経験がたくさんあります。
今回は、その話をもう少し掘り下げてみたいと思います。
そもそも、なぜリフライズは「楽しく過ごすこと」や「遊ぶこと」を、こんなにも大切にしているのか。
「楽しいことばかりでいいの?」
「嫌なこともやらせないと、社会に出て困るのでは?」
「それって甘やかしているだけじゃない?」
そんな見方もあると思います。
でも私は、以前から少し違う考えを持っています。
【子どもは、もっと甘えていい。もっと楽しく遊んでいい。】
安心して大人を頼れることは、自立の妨げになるどころか、むしろ自立していくための土台になるのではないか。
今回は、私たちがずっと大切にしてきたこの考えについて、少し研究も交えながら書いてみます。
安心して甘えられることは、自立を妨げるのでしょうか。
たくさんの子どもやご家庭と関わっていると、
「この子は、お父さんやお母さんに本当に大切にされているんだろうな」
と感じることがあります。
もちろん、家庭環境だけで子どもの成長が決まるわけではありませんし、私たちが外からご家庭を評価するような話でもありません。
ただ、安心して大人を頼れる子を長く見ていると、人からの優しさを素直に受け取れたり、困ったときに「助けて」と言えたり、失敗してもまた人と関わろうとできたりする。
そんな姿を見ることがあります。
そして、発達心理学の研究にも、これと重なるものがあります。
2014年に発表された研究で4,441人の子どもを対象とした分析では、親との間に「安定した愛着」、簡単に言えば「安心して頼ることのできる関係」が形成されている子どもほど、友達との関係を築く社会的能力が高いことが報告されています。
また、別の分析でも、親との安定した愛着と、他者を助けたり、分け合ったりする「向社会的行動」との関連が報告されています。
もちろん、こうした研究は「たくさん甘えさせれば、必ずこう育つ」という単純な因果関係を示しているわけではありません。
ただ、少なくとも「人を頼ること」と「自立すること」は、反対のものではないということです。
安心して誰かを頼ることのできた経験は、他者を信頼し、人と関係を築いていく土台にもなります。
「甘えさせると自立できなくなる」のではなく、十分に安心して人を頼れることが、その先の自立につながっていく。
私は、そう考えています。
「甘やかす」と「甘えられる」は違います
ここは、とても大切なところです。
私が言いたいのは、
何をしても許す。
欲しいものを何でも与える。
嫌なことは全部やらなくていい。
ということではありません。
「甘やかすこと」と「安心して甘えられること」は違います。
ダメなことはダメと伝える。
友達を傷つければ、一緒に考える。
自分でやるべきことなら、必要な支援をしながら挑戦してもらう。
でも、その過程で失敗したとしても、
「困ったら助けるよ」
「大丈夫」
「もう一回やってみよう」
と言ってくれる人がいる。
うまくできたかどうかで、その子自身の価値まで変わるわけではない。
私は、そういう安心感がとても大切だと思っています。
安心できる場所があるから、挑戦できる
発達心理学には、「安全基地(secure base)」という考え方があります。
子どもは、安心して戻ることのできる人や場所があるからこそ、そこを拠点に外の世界を探索していきます。
怖くなったら戻る。
安心したら、また挑戦する。
失敗したら戻る。
そして、またやってみる。
そうやって少しずつ、自分の世界を広げていきます。
だとすれば、
「安心させる → 甘える → 自立できなくなる」
ではなく、
「安心できる → 挑戦できる → 失敗しても戻れる → また挑戦できる → 少しずつ自立していく」
なのではないでしょうか。
安心させることと、自立を促すことは、反対ではない。
むしろ、安心できる場所があるからこそ、一歩外へ踏み出せる。
私たちはそう考えています。
だから、リフライズは「楽しく遊ぶ」を大切にしています
ここで、前回の「遊び」の話につながります。
遊びの中では、思い通りにならないこともあります。
負けることもある。
友達とぶつかることもある。
失敗することもある。
それでも、「ここなら大丈夫」と思える場所であれば、もう一度やってみることができます。
私たちが「楽しく遊ぶこと」を大切にしているのは、子どもの好きなことだけをさせたいからではありません。
まず、
「ここなら大丈夫」
「この人なら大丈夫」
「ここに来るのが楽しい」
そう思える関係や場所をつくりたいからです。
その安心感があって初めて、人と関わったり、失敗したり、新しいことに挑戦したりできる。
だから私たちは、楽しく過ごすことを支援の反対側に置いていません。
楽しい時間も、安心できる関係も、支援の土台そのものだと考えています。
「社会は厳しいから、子どものうちから厳しく」は本当でしょうか
「社会に出たら、そんなに甘くない」
これは確かにその通りです。
社会に出れば、思い通りにならないこともあります。
嫌なこともあるし、失敗もする。
理不尽な出来事に出会うことだってあるでしょう。
だからこそ私は思います。
社会に出れば嫌でも出会う厳しさを、子どものうちから大人が先回りして与える必要が、本当にあるのでしょうか。
厳しい社会を生きていくために必要なのは、何があっても一人で耐える力だけではないはずです。
困ったときに「助けて」と言える。
誰かを信頼できる。
失敗しても、またやり直せる。
自分を受け入れてくれる場所を知っている。
そして、自分が受け入れてもらったように、誰かのことも受け入れられる。
そういう力もまた、社会で生きていくために必要な力だと思います。
子どもは、もっと甘えていい
前回、「遊んでいるだけ」に見える時間にも、私たちはたくさんの成長を見ていると書きました。
でも、その遊びが子どもの成長につながっていくためにも、まず必要なのは「ここなら大丈夫」と思えることなのだと思います。
安心できるから遊べる。
楽しいから人と関われる。
信頼できる人がいるから失敗できる。
失敗しても戻れるから、また挑戦できる。
その繰り返しの先に、自立がある。
私はそう考えています。
自立とは、誰にも頼らなくなることではありません。
必要なときには人を頼る。
自分にできることは自分でやる。
そして、ときには自分が誰かを支える。
それも一つの自立の形ではないでしょうか。
だからリフライズは、これからも子どもたちが安心して過ごし、「楽しい」と思える場所でありたいと思います。
楽しく遊ぶことは、甘やかすことではありません。
【安心して遊べる場所だからこそ、育つ力がある。】
私たちは、そう考えています。
kids spaceリフライズ
代表 山口