kids spaceリフライズ 代表の山口です。
先日、ふと「困りごと」ってなんだろうと考えることがありました。
私たちの仕事では、子どもたちの困りごとについて考えることがたくさんあります。
手先が不器用だったり、人とのコミュニケーションが苦手だったり、忘れ物が多かったり、集中することが難しかったり。
そういうところを見つけると、
「じゃあ、できるように練習しよう」
と考えることがあります。
もちろん、それ自体が悪いことだとは思いません。
練習してできるようになることで、本人が生活しやすくなることもたくさんあります。
でも、最近こういうことを考えます。
その子は、本当にそれで困っているんだろうか?
例えば、手先が不器用な子がいたとします。
手先が不器用だから、手先を使う活動を増やそう。
細かい作業をたくさん経験して、できるようにしていこう。
これだけ聞くと、何もおかしくないように思います。
「今できるようにしておかないと、大人になったときに困る」
という考え方もあると思います。
それも分かります。
でも、大人になった私たちは、苦手なことを全部克服して生活しているでしょうか。
私はそんなことないと思うんですよね。
できないことはたくさんあります。
苦手なことだってあります。
それでも、道具を使ったり、人にお願いしたり、得意な人に任せたり、そもそも自分がやらなくてもいい方法を考えたりしながら生活しています。
それでいいんじゃないかと思います。
これは子どもたちも同じです。
できないことを、できるようにする。
それだけが支援ではありません。
できないことがあったときに、自分に合った方法を見つける。
困ったときには誰かに助けを求める。
自分は何が得意で、何が苦手なのかを少しずつ知っていく。
それも、とても大切な力だと思っています。
もちろん、何でも「できなくていい」という話ではありません。
本人が困っていることなら、一緒に練習した方がいいこともあります。
これから生活していくうえで、どうしても必要になる力もあります。
本人が「できるようになりたい」と思っていることなら、できるようになる方法を一緒に考えたい。
だから結局、一律には言えません。
大切なのは、できないことを見つけたときに、すぐに
「できるようにしよう」
と考えないことなんじゃないかと思います。
なぜ、それをできるようになる必要があるのか。
できるようになったら、この子の生活はどう変わるのか。
他の方法ではだめなのか。
そして、そのためにこの子の時間を使うことが、本当にこの子にとって必要なのか。
特に中学生、高校生になってくると、私はこういうことをよく考えます。
子どもたちが放課後等デイサービスで過ごせる時間には限りがあります。
学校を卒業すれば、その先にはそれぞれの生活があります。
だから、目の前にある「できないこと」を一つずつなくしていくことよりも、その子がこれから生活していくために、本当に必要なことに時間を使いたいと思っています。
療育という仕事をしていると、子どもが何かできるようになることは嬉しいものです。
昨日できなかったことが今日できた。
支援している私たちにとっても、分かりやすい成果です。
だからこそ、気をつけないといけないとも思います。
「できるようにした」という支援者側の満足が、いつの間にか目的になっていないか。
子どもの困りごとを見つけて、それを解消する。
それは支援の一つだと思います。
でも、困りごとを解消すること自体が、支援の目的になってはいけない。
私たちが本当に考えなければならないのは、
その子がこれから先、どうすれば少しでも生きやすくなるのか。
ということだと思います。
できるようになることも一つ。
工夫することも一つ。
人に頼れるようになることも一つ。
自分の苦手なことを知ることも一つ。
その子によって答えは違います。
だからリフライズでは、目の前の「できない」を見つけてすぐに何かをさせるのではなく、
「この子にとって、これは本当に必要なことなんだろうか?」
そこから考える支援を、これからも大切にしていきたいと思います。
先日、ふと「困りごと」ってなんだろうと考えることがありました。
私たちの仕事では、子どもたちの困りごとについて考えることがたくさんあります。
手先が不器用だったり、人とのコミュニケーションが苦手だったり、忘れ物が多かったり、集中することが難しかったり。
そういうところを見つけると、
「じゃあ、できるように練習しよう」
と考えることがあります。
もちろん、それ自体が悪いことだとは思いません。
練習してできるようになることで、本人が生活しやすくなることもたくさんあります。
でも、最近こういうことを考えます。
その子は、本当にそれで困っているんだろうか?
例えば、手先が不器用な子がいたとします。
手先が不器用だから、手先を使う活動を増やそう。
細かい作業をたくさん経験して、できるようにしていこう。
これだけ聞くと、何もおかしくないように思います。
「今できるようにしておかないと、大人になったときに困る」
という考え方もあると思います。
それも分かります。
でも、大人になった私たちは、苦手なことを全部克服して生活しているでしょうか。
私はそんなことないと思うんですよね。
できないことはたくさんあります。
苦手なことだってあります。
それでも、道具を使ったり、人にお願いしたり、得意な人に任せたり、そもそも自分がやらなくてもいい方法を考えたりしながら生活しています。
それでいいんじゃないかと思います。
これは子どもたちも同じです。
できないことを、できるようにする。
それだけが支援ではありません。
できないことがあったときに、自分に合った方法を見つける。
困ったときには誰かに助けを求める。
自分は何が得意で、何が苦手なのかを少しずつ知っていく。
それも、とても大切な力だと思っています。
もちろん、何でも「できなくていい」という話ではありません。
本人が困っていることなら、一緒に練習した方がいいこともあります。
これから生活していくうえで、どうしても必要になる力もあります。
本人が「できるようになりたい」と思っていることなら、できるようになる方法を一緒に考えたい。
だから結局、一律には言えません。
大切なのは、できないことを見つけたときに、すぐに
「できるようにしよう」
と考えないことなんじゃないかと思います。
なぜ、それをできるようになる必要があるのか。
できるようになったら、この子の生活はどう変わるのか。
他の方法ではだめなのか。
そして、そのためにこの子の時間を使うことが、本当にこの子にとって必要なのか。
特に中学生、高校生になってくると、私はこういうことをよく考えます。
子どもたちが放課後等デイサービスで過ごせる時間には限りがあります。
学校を卒業すれば、その先にはそれぞれの生活があります。
だから、目の前にある「できないこと」を一つずつなくしていくことよりも、その子がこれから生活していくために、本当に必要なことに時間を使いたいと思っています。
療育という仕事をしていると、子どもが何かできるようになることは嬉しいものです。
昨日できなかったことが今日できた。
支援している私たちにとっても、分かりやすい成果です。
だからこそ、気をつけないといけないとも思います。
「できるようにした」という支援者側の満足が、いつの間にか目的になっていないか。
子どもの困りごとを見つけて、それを解消する。
それは支援の一つだと思います。
でも、困りごとを解消すること自体が、支援の目的になってはいけない。
私たちが本当に考えなければならないのは、
その子がこれから先、どうすれば少しでも生きやすくなるのか。
ということだと思います。
できるようになることも一つ。
工夫することも一つ。
人に頼れるようになることも一つ。
自分の苦手なことを知ることも一つ。
その子によって答えは違います。
だからリフライズでは、目の前の「できない」を見つけてすぐに何かをさせるのではなく、
「この子にとって、これは本当に必要なことなんだろうか?」
そこから考える支援を、これからも大切にしていきたいと思います。