市民公開講座より 基調講演、作家・岸田奈美さん「ダウン症のある弟が越えるべき壁を自分の壁にしてはいけないと思った」
作家・岸田奈美さんは、母のひろ実さんが車椅子ユーザー、弟の良太さんはダウン症があり、お父さまは奈美さんが中学生のときに他界という家族構成。てんやわんやの日常を切り取り、ときに泣かせ笑わせるエッセイが人気です。「100文字ですむことを2000文字で書く」というキャッチフレーズ通り、豊かな表現で読む人の共感を呼ぶ文章を書く作家ですが、基調講演でもその饒舌ぶりが発揮されました。
「私は特殊な家族で、平凡な日常を送っています。岸田みたいな人間もいるんだと思ってください。岸田みたいじゃなくてよかったなと思って聞いてほしい!(笑)」という言葉から始まった基調講演。3冊の著作『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』、『傘のさし方がわからない』、『もうあかんわ日記』に収録されている家族を巡る数々のエピソードを、関西弁まじりのご自身の言葉でライブ感たっぷりに語りました。笑いと涙と、どんなにつらい経験だったろうと想像しがたいエピソードもたくさんありました。
良太さんがいかに、周りの人から愛されている存在なのかは、エッセイの端々に表れていますが、そういう存在になったのも、「言葉でのコミュニケーションがほとんどできない弟に、母が『ありがとう』『ごめんなさい』『こんにちは』だけはしっかりと覚えさせていたから。人見知りのお姉ちゃんより、味方をつくっているんです」と話していました。
講演後、市民公開講座の司会の長谷部真奈見さんとの対話の時間がありました。
良太さんがいかに、周りの人から愛されている存在なのかは、エッセイの端々に表れていますが、そういう存在になったのも、「言葉でのコミュニケーションがほとんどできない弟に、母が『ありがとう』『ごめんなさい』『こんにちは』だけはしっかりと覚えさせていたから。人見知りのお姉ちゃんより、味方をつくっているんです」と話していました。
講演後、市民公開講座の司会の長谷部真奈見さんとの対話の時間がありました。
長谷部真奈見さん:最新の本『傘のさし方がわからない』のエピソードで「60歳になったときの自分の姿が見えなかった」というところ、しみじみと読みました。奈美さんが、母と弟と離れて暮らす姿を思い浮かべることができなかった、とありました。私自身も、今中学生のダウン症のある娘と、いつか離れて暮らすなんて考えられないと思ったんですよね。
岸田奈美さん:悲しいですよ、やっぱり。私が先に死んだらとか、弟が死んだらどうしようとか、順番からしても母は私よりも先に亡くなるだろうし、とか…何回想像しても何回でも悲しいです。
ひとりぼっちだったらとは思うけれど、それは私がどれだけ考えても、どうにもならないことなんです。お金を残すとか、弟にとっていい場所を見つけるとかはできますが、それ以上は限界があります。
だから、弟が越えるべき壁を、自分の壁にしちゃだめだなと思ったんです。
弟がさみしい思いをするとか、ひとりぼっちになるということは、彼が人生の中でぶち当たる壁なんです。それを私が先回りして、弟にとっていい環境ばかりを用意していたら、彼にとってよくない環境に出合ったときに、自分で助けを求める力を奪うことになるんじゃないかと、思ったんです。
弟が大好きだから、弟がつらい未来は考えただけでつらい。でも、私が一生家族のめんどうをみることが大事なんじゃなくて、自立と言うのは、できるだけ依存する先を増やしていくことだと思うんです。味方を増やしていく。私がエッセイを書いているのは、味方を増やすためという一面もあるんですけど、もし私が死んでも、ひとりぼっちになった弟を見て、「あれは奈美さんとこの弟じゃないか」と声をかけてくれるかもしれない。それだけでいいんです。あとは弟がそれまでに培ってきた人生を、しゃべれないなりに人と関わってきた人生を、信じるしかない。できるだけ傷ついてほしくないけど、彼が傷つく機会を奪ってはいけないと思っています。
岸田奈美さん:悲しいですよ、やっぱり。私が先に死んだらとか、弟が死んだらどうしようとか、順番からしても母は私よりも先に亡くなるだろうし、とか…何回想像しても何回でも悲しいです。
ひとりぼっちだったらとは思うけれど、それは私がどれだけ考えても、どうにもならないことなんです。お金を残すとか、弟にとっていい場所を見つけるとかはできますが、それ以上は限界があります。
だから、弟が越えるべき壁を、自分の壁にしちゃだめだなと思ったんです。
弟がさみしい思いをするとか、ひとりぼっちになるということは、彼が人生の中でぶち当たる壁なんです。それを私が先回りして、弟にとっていい環境ばかりを用意していたら、彼にとってよくない環境に出合ったときに、自分で助けを求める力を奪うことになるんじゃないかと、思ったんです。
弟が大好きだから、弟がつらい未来は考えただけでつらい。でも、私が一生家族のめんどうをみることが大事なんじゃなくて、自立と言うのは、できるだけ依存する先を増やしていくことだと思うんです。味方を増やしていく。私がエッセイを書いているのは、味方を増やすためという一面もあるんですけど、もし私が死んでも、ひとりぼっちになった弟を見て、「あれは奈美さんとこの弟じゃないか」と声をかけてくれるかもしれない。それだけでいいんです。あとは弟がそれまでに培ってきた人生を、しゃべれないなりに人と関わってきた人生を、信じるしかない。できるだけ傷ついてほしくないけど、彼が傷つく機会を奪ってはいけないと思っています。
まとめ
日本ダウン症会議をはじめとする今回の合同学術集会を通じて感じられたのは、障害のある人たちが成長して成人期になったときに、自分らしく自立して生きていくためには、周りの人の考え方、環境がとても大事であることでした。その人の、できないことを克服することに焦点を当てるのではなく、その人ができることをできるだけ伸ばすこと、そして周りの人と「つながる」こと。障害のあるなしにかかわらず、子どもの将来を考えたときに不安は尽きないものです。でもその不安を超えさせてくれるのは、やはり「つながる」というキーワードなのでした。
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