「兄が死んだ」身元確認のため自閉症小1息子と面会へ。死を理解していないであろう息子の初めての言葉とは

ライター:まゆん
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自閉スペクトラム症のある太郎が小学校1年生の頃。私の兄が亡くなり、200㎞離れた場所に向かうことにーー。

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監修: 井上雅彦
鳥取大学 大学院 医学系研究科 臨床心理学講座 教授
LITALICO研究所 スペシャルアドバイザー
ABA(応用行動分析学)をベースにエビデンスに基づく臨床心理学を目指し活動。対象は主に自閉スペクトラム症や発達障害のある人たちとその家族で、支援のためのさまざまなプログラムを開発している。

おじの死を、理解できない太郎

太郎が小学1年生の夏、私の兄が突然亡くなった。この時期、私は太郎と2人暮らし。両親は実家である離島で暮らしていた。

兄は両親や私とはまた別の地域に住んでおり、私の家からは200㎞程離れた場所に住んでいた。

兄は自宅で亡くなっているのを発見され、私たち家族は身元確認のため警察署へ呼び出された。兄の死の連絡に衝撃と動揺で考える力が低下しているのが自分でも分かったが、それでも考えなければならないことが一つあった。

「太郎を200㎞離れた兄の元へ連れていくに当たっての対策」だ。
自閉スペクトラム症のある息子と、200㎞の移動をすることになり、どうしようか考える母
200㎞の移動について悩む母
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太郎は4歳の頃に自閉スペクトラム症の診断を受けている。小学1年生の太郎が長時間じっと座っていられるか、癇癪を起こし続けないか。癇癪が大きいと、私の疲労も大きくなる。そういうことを心配していた。

道中の太郎のストレスをなるべく和らげる方法を考えた。移動手段は車一択。電車やバスではますます自由が効かなくなるからだ。

休憩なしで行けば3時間の道のりだが、こまめに休憩をとる計算でいくと4時間はかかるだろうと予想していた。昼寝をしてくれたら一気に進むことができるが、太郎は3歳頃から昼寝をしない。昼間は車に乗せても目がランランと輝いているのである。

ゲームをするのも好きだが車の中でのゲームはすぐに酔うのでゲームはNG。なので対策としてはお気に入りのDVDとこまめな休憩で気分転換、あとはちょっとおやつタイムだった。

太郎に旅の目的と目的地の説明をした。「お母さんのお兄さんが亡くなった」「太郎のおじちゃんね」という説明には「うん」とは答えたが理解してないようなキョトンとした顔をしていた。「遠くまで車で行くよ」と一応地図も見せて説明したが、それに対しても「分かった」と言うものの、分かってないような表情だった。

太郎に説明しながらも、私は嘘であってほしいと願っていた。
自閉スペクトラム症のある息子に「お母さんのお兄さんが亡くなったの」と伝えると…
「お母さんのお兄さんが亡くなったの」と伝えると…
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目的地までは私の妹も一緒に行くことになり、3人の旅が始まった。

200㎞先を目指して、3人の道中は

その日は日差しが暑い日だった。青い空に白い雲が綺麗に浮かぶ、スッキリとした空をしていた。私や妹の心とは裏腹だった。

太郎はDVDを観ながら笑っていた。何十回も観たことがあるストーリーなのに同じところで何回も笑う。飽きないのかなぁ、不思議だなぁと思う。DVD鑑賞中に私と妹が会話をすると太郎は癇癪を起こした。会話が雑音に聴こえるのだろう。

それでも大人同士の会話は必要なので太郎が癇癪を起こしていてもスルーして続けることもあった。「大切な話をしているの」と説明しても理解はしてくれなかったが、一応説明はした。太郎の癇癪が多かったこの時期、私は歯がゆかったり苛立ったりすることが一番多かったと思う。

癇癪を起こすとしばらくは不機嫌モードが続く。気分転換を試みて車を停めて外を歩いたり、お店でお菓子を買ったりすると徐々に気分も元通りになった。

妹は太郎の特性も理解していたし、太郎との相性もいいこともあって私も気を遣わずに旅を続けることができた。太郎が癇癪を起こしても、「静かにしてください!」と怒っても妹はいつも穏やかにフラットに接していた。時には淡々と太郎に注意、忠告をしてくれることも。感情的に頭ごなしに言わない性格が太郎にはマッチしていた。妹がいてくれて本当に助かったと心底思う。
妹は自閉スペクトラム症のある太郎の特性も理解していた
妹は太郎の特性も理解していた
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癇癪を何回か繰り返し、気分転換を図りながらようやく目的地に到着した。この日はまだ兄とは対面できないということでホテルに宿泊することになった。

ホテルでは絶対に多動が爆発するだろうと予感していたが案の定だった。太郎はベッドやソファがアトラクションに見えてるかのように興奮していた。

私の心は穏やかではない、ほかのお客さんに迷惑だし、太郎が怪我しないか心配だし、でも楽しそうだし。いろいろ焦りも混じりながら考えていた(いつもこんな風にいろいろと考えるから疲労が強いのかも)。ある程度楽しませたあとに、そろそろ落ち着こうとキリの良いところで止めに入った。太郎も満足したのかそのあとはさほど暴れ回ることはなかった。
ホテルに到着すると、多動全開の自閉スペクトラム症のある息子
ホテルに着くと多動全開
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遠出のときに困ることがもう一つ、食事だった。太郎の多動や偏食、匂いに過敏で嘔吐も時々あるので外食はなるべく避けていた。

この日は妹もいるし私もたまには外食をしたいと思い、外で食べることにした。オーダーしたものが届くまでの太郎は落ち着きがなく床に寝そべったり動き回ったりするので、私の携帯を渡した。そうすると動画を見たり、ゲームを始めたりしてすぐに静かになる。むしろ過集中になるくらいだ。お店の中で寝そべられるのも周りからの目が気になるので、仕方なしにゲームをさせていた。

しかし、ここで困ることが、食事がきてもゲームをしたくて食事に集中しないことだった。何かしたいことがあると太郎は食事をしようともしない。中学生になった今は私が声かけをすれば直ぐに切り替えることができるようになっているが、この頃は何かに集中すると食事も忘れるほどだった。

とにかく栄養は最低限とってほしいという思いで米、スープ、ポテト、唐揚げを落ち着きがない太郎に声をかけながら食べさせた。太郎はゲームをしたくてうずうずとしていた。

そして食べ終わると念願のゲームを手にした太郎は静かに再開。私は落ち着いて食事をとることができた。この時点で私はどっと疲れていたが、兄のことを思い出してはモヤモヤとしていた。妹とも「本当に死んだのかな」と会話をしていた。

食事のあとは入浴タイム、ここで私は忘れてはいなかった。太郎は水が顔にかかることを酷く恐れ、パニックになる。なので入浴時にはシャンプーハットが欠かせない。私は出掛ける前にそこも忘れず持参していた。こういうとき自分で自分を褒める。さすが、私、と。

就寝時間、太郎は昼寝をしないので絵本を読み聞かせしているとあっという間に寝てしまった。太郎が寝たあと、私と妹も明日の兄との面会に心を詰まらせながらセミダブルのベッドで3人、川の字になって寝た。

おやすみなさい、どうか嘘でありますように。
3人で川の字になって眠った
3人で川の字になって眠った
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太郎が初めて使った言葉

翌朝、私の父と母と合流し警察署へ着いた。太郎はじいじとばぁばに会えてうれしそうにしていた。じいじとばぁばもうれしそうではあったが、兄との面会に緊張した表情が隠せていなかった。私も足が震え心拍数が上がっていた。

身元確認のため私たち家族は狭い小部屋に案内された。検察官の方が兄の遺品を一つずつ私たち家族の前に並べていった。

今まで涙を見せなかった妹が初めに涙を流し出した。それに続いて、母も…。太郎は状況が把握できておらず、ソワソワと動き出した椅子から離れ私の周りをウロウロとし、部屋に響くような声で私に話しかけてきた。「お母さん、おじちゃんはお母さんの友達?」「しー、おじちゃんはお母さんのお兄さん、おじちゃんはじいじとばぁばの大切な子ども」

太郎は私に寄りかかりながら私を見上げて話を聞いていた。「大切…」

きっと家族関係の理解や「大切」の意味も理解はしていないだろう、しかし、いつもと違うみんなの悲しい表情をみて「大切」をなにか感じていたのでは、と思う言葉があった。

「おじちゃん…かわいそう」太郎が初めて「かわいそう」と言った。
自閉スペクトラム症のある息子が初めて言った「かわいそう」
太郎が初めて言った「かわいそう」
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あとがき

兄の死は私にとって、家族にとってとても衝撃的なことでした。太郎と共に兄の元へ行くというミッションは逆に私の心を紛らわし、癒すものになっていたことに後々気づきました。旅の道中、太郎からの質問に答えながら、私たち家族の関係を再確認し胸が熱くなったことを今でも覚えています。

夏の思い出をまとめさせていただきました。ありがとうございました。

執筆/まゆん
(監修:井上先生より)
お兄さまの死と、お子さんとの初めての長旅。
不安と悲しみのつらい旅、しかも太郎さんの行動を気にかけながらということで、とてもハードな数日だったのではないでしょうか。太郎さんがお兄さまの死をどのように認識したかというのは、その時点では理解できなかったかもしれませんが、少し大きくなってからそのときの周りの人の様子や雰囲気を思い出して、考えたりあらためて意識したりすることもあるのではと思います。時間がたってその時のことを太郎さんと話せるようになると、お互いに体験を整理することができるように思います。
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(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。

神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的発達症(知的障害)、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、コミュニケーション症群、限局性学習症、チック症群、発達性協調運動症、常同運動症が含まれます。

※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。

ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。

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