会話のコツが目で見て分かる『会話力がおどろくほど育つ だれ?どこ?なに?カード』【著者・八坂美穂さんインタビュー】
会話で頻繁に使われる、「だれ」「どこ」「なに」という疑問詞。それぞれの疑問詞が「人」「場所」「物」をあらわすということを理解していないと、質問に正しく答えられないことも。「だれ・どこ・なに」を区別し、適切な使い方を理解することは、知的障害や発達障害のある子どもたちのコミュニケーション力を高めるポイントの一つです。『会話力がおどろくほど育つ だれ?どこ?なに?カード』は、ABA(応用行動分析)の理論に基づいて開発されたカードゲーム。遊びながら、会話でネックになりがちな疑問詞の理解を深めましょう。
カードの視覚情報で理解を促進!
耳からの情報より、目からの情報のほうが理解しやすい視覚優位の特性のある子どもたちにとっては、絵を使った学習のほうが分かりやすいといわれています。明るい色合いのかわいらしいイラストも、ワクワクした楽しさを演出してくれます。
応用行動分析学に基づいた設計
次に、「だれ・どこ・なにシート」を使って、疑問詞の違いを視覚的に理解するステップに進みます。子どもにカードをわたしながら「だれ?」「どこ?」と質問し、正しく答えられたら、対応する欄にカードを置いていきます。間違えずに分類できるようになったら、「だれ」の欄に置かれたカードを大人が手で囲みながら「これは?」とたずねます。子どもが「だれ」と答えられたら正解です。
たくさんほめて、楽しく定着!
この教材で遊ぶときには、強化子を効果的に用いて、子どもの理解促進をサポートしていくことが推奨されています。
たとえば「すごい!」「正解!」「ピンポン」「やったー!」などのほめ言葉以外にも、ハイタッチやハグなどのスキンシップ、お菓子やジュースをひと口あげる、シールを貼れるなど、さまざまなごほうびが強化子になります。
正しい答えが言えたら、必ず子どもが分かるようにほめることを意識しましょう。ほめられながら、笑顔で楽しく遊ぶことが、学習効果を高めることにも繋がります。
著者・八坂美穂さんにインタビュー! 制作のきっかけは?
八坂さん(以下八坂):知的障害や発達障害のある子どもの個別支援に関わるなかで、会話力をあげるためには疑問詞の理解が不可欠であることを感じていました。「だれ・どこ・なに」の理解が難しいために、会話がかみ合わない子どもたちが少なくないのです。実際に「だれ・どこ・なに」を絵にあらわし、整理して教えてみると、これまで疑問詞に対してちぐはぐな答えを返していた子が、適切に答えられるようになったケースがたくさんあります。なかには、自分から「どこに行く?」など、質問ができるようになった子も。家庭でも気軽にやってみてほしい、という思いで制作をスタートしました。
――絵を使うことが、理解を促進する重要なポイントなのですね。
八坂:疑問詞の理解でつまずく子どもは、聴覚情報よりも視覚情報の処理が得意な場合が多い傾向にあると感じています。言葉で問いかけても、単語のまとまりが分からず、意味のあるものとしてキャッチできていないこともあるかもしれません。また、日常生活にはさまざまな刺激があふれているため、何にフォーカスしたらいいのか分からないことも多いでしょう。その点、絵で提示すれば、何を問われているのかが一目瞭然です。絵をマッチングさせるシンプルな課題は、子どもにとって正解が分かりやすく、取り組みやすいものといえるでしょう。まず、絵で理解を深めることが、音声、言葉でも応答ができるようになるための手助けとなります。
――カードのイラスト制作で工夫したこと、大切にされたことはありますか?
八坂:イラストレーターの方にお願いして、余分な刺激をなるべく減らした、シンプルなイラストを描いていただきました。その理由は、どんな子どもたちにも伝わりやすいカードとしたかったからです。知的障害や自閉スペクトラム症がある子どもは、絵や写真を見せてもその一部にのみ注目をし、それを手がかりに判断していることがあります。たとえば、あるスーパーマーケットの写真を見せて「スーパーマーケットだよ」と教えたとしても、その中のレジ台にのみ注目しているかもしれません。すると、レジ台が写っていないほかの写真では、スーパーマーケットだと認識できないことがあるのです。こうした特性を踏まえ、それぞれのカードでは人、場所、物の特徴のみをシンプルにあらわすことを大切にしました。
ほめられる経験で子どもはのびる!
八坂:大事なポイントは、子どもが正解したら必ずほめることです。間違った場合も、ヒントや手助けを出して、確実に成功するようにサポートしましょう。ヒントを出した場合でも、できたらほめることを忘れずに。何度か繰り返して定着してきたら、徐々に手助けをなくしていきます。「できた!」という達成感は、課題に意欲的に取り組む姿勢や、支援者とのポジティブな関係性を築くことにもつながるのではないでしょうか。
――分からないときは、すぐにヒントを出したり、手助けをしたりしてもよいのですね。
八坂:初めて取り組むときには、失敗してやる気がなくならないように、最初からヒントを出してもいいですよ。子どもの手を持って正解のカードに導いたり、正解の言葉をすべて言ったりしてもかまいません。ABAでは、こうしたヒントや手助けを「プロンプト」といって、適切な行動を増やすための重要なポイントと位置づけています。ABAは、子どもの行動の原因を環境のなかに求め、環境調整と「ほめる」ことによって適切な行動を増やそうとするシンプルな支援法です。この原理は、幼児期はもちろん学齢期になっても、子育てのさまざまな場面で応用できると思います。
――ヒントを出しながら、子どもが「できた!」と感じられる場面を増やしていくことは、保護者の方にとっても子育ての喜びに繋がりそうですね。
八坂:そうですね。会話スキルがなかなか習得できない子どもはもちろん、子どもとどう関わればいいのか悩んでいる保護者のみなさんにもお使いいただければと思います。
カード遊びのやりとりを日常に応用して
八坂:学んだ知識を日常生活に応用させることを、「般化」といいます。特別支援を必要とする子どもは、この般化が苦手な場合も多いのではないでしょうか。家庭や療育の場でできるようになったことも、質問する相手や言い回し、場所が変わると分からなくなることも。カード遊びの相手を変えるのもいいですよ。いつもお母さんと遊んでいる子なら、お父さんやおじいちゃん、おばあちゃんとやってみるのもいいでしょう。
また、カードで疑問詞への応答ができるようになったら、ぜひ日常生活でもできるように練習してみてください。はじめは、区別する対象が限定されるものから、スモールステップで練習します。たとえば写真を見せながら「どこ?」「だれ?」と聞く、次は動画で質問してみる、そして最後は実生活のいろいろな場面で質問をしてみる、といった具合です。
――最後に、「発達ナビ」の読者のみなさんにメッセージをお願いします!
八坂:子育てでは、迷うことや、ストレスや不安を抱えてしまうことも多いですよね。とくに、発達障害や知的障害のある子どもの保護者の方は、どの対応がその子の特性に合った正解なのかが分からず、困ってしまうこともあるでしょう。「ほめる」ということが難しいときこそ、些細なことや子どもが確実にできることを見つけ、肯定的な声かけをしてみてください。その声かけがきっかけで、ポジティブな雰囲気に変わるかもしれません。
そして、誰にだって調子が悪い日もあれば、イライラするときもあります。つい子どもを叱ってしまうこともあるでしょうが、そんな自分を責めないで、周りのサポートを得ながら、気分転換をしてくださいね。
スモールステップで会話力を育てる
子どもの理解度に合わせ、できることからスモールステップで進めることで、親子共に楽しみながら学んでいくことができるでしょう。たくさんの「ほめる」場面をつくることができるカード遊びは、保護者にとっても子どもの成長を感じられる時間となるのではないでしょうか。
執筆/浦上藍子
著者について
イギリス・バース大学にて教育学、心理学を学び、特別支援教育や英語教育の経験を積む。現在は特別支援教育士として、ABA(応用行動分析)を使用した早期療育、言語訓練、ソーシャルスキルトレーニングや学習支援を訪問療育サービスにて行っている。「一人ひとりに合った」をモットーに自作の教材で支援を重ねている。
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コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
知的発達症
知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。
SLD(限局性学習症)
LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。