「個性を大切に」と唱えていながら、学校で障害者排除が起きる理由(2ページ目)

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にたこ さん
2017/04/20 20:09
個性を大切にとは口だけで実際は差別化して排除してく傾向が多いのは子供の「イジメ」と一緒じゃないでしょうか。両方の親の言い分もとてもわかるし自分の子供が大切なのもすごくわかる。でも大人が弱いものを排除して子供には「イジメ」するなって矛盾してないかなぁと

私は人の好き嫌いは必ずあるから、お互いに好きにならなくてもいい。ただ同じ目標、目的があるならそのために協力しあう考えはもってほしい。と思います

退会済み さん
2017/04/11 23:53
個性尊重という言葉を真に受けている、という印象を持ちました。世の中で有用な個性とそうでない個性が厳然としてあることは言わざるを得ません。国ないし大多数の人が思う個性尊重とは、数学が天才的にできるとか、音楽が素晴らしいとか、運動がずば抜けてできるとか、そういった個性を尊重しようということであって、奇声をあげる個性とか、他害をする個性とかを尊重しようというものではありません。

まめ さん
2017/04/04 05:00
そもそも、なぜ個性の差をクラス単位で埋めようとするんだろう?
クラスなんて、単純に同じ年に産まれたってだけでまとめられた集団。


出来ない子にばかりスポットが当たるけど、実際には出来る子も損してる。
足の速い子はもっと早い子と走りたいだろうし、算数だけ得意な子はより難しい問題を解きたいだろう。
何歳だったらココまで。の基準が子供達の個性を殺してる。


発達の遅れてる子は療育へ。
発達の早い子は塾へ。

せっかく6年も差のある人間が同じ場所に居るのに、なんて勿体無いんだろう。



同じ歳の人間同士を競わせるくらいなら、得意な人間同士が競い合う方がはるかに伸びるだろうに。
授業に置いて行かれるくらいなら、理解出来るまで同じことを何度も聞いた方が身になるだろうに。

他人が勝手な物差しで振り分けるから差が出るのであって、子供が自分で自分のレベルで学習内容を選べるようになると、落ち着いて聞けない時間があっても何度だってやり直せる。
同じ子に何度も迷惑掛ける事も無い。


そんな教育機関があればいいのにな。
そして、それを許せる社会になればいいのに。

manaパパ さん
2017/03/18 00:31
以前 ふとっ 「ゆとり教育」って何だろう?と考える事がありました。
⬇︎⬇︎
http://alagille-mana.jp/コラム~難病%E3%80%80アラジールとの生活~/真翔に教えられたものパート2/

(ホームページより抜粋)

「ゆとり教育」

昭和52年(1977)の学習指導要領の改定で導入された考え方。「受験戦争」と「落ちこぼれ」対策として教科内容と授業時間数を削減して児童生徒の負担を軽減し、余った時間を教科の枠に縛られない総合的な学習に当てる。問題点として学力の低下が指摘された。

・・・( ̄▽ ̄)?

「ゆとり」って?

物事に余裕があり窮屈でないこと。余裕。

( ̄▽ ̄)??

ん〜ん〜 ・・・・・

なんか「甘やかすって」受けれてしまう・・・・



「どんな事があっても、受け入れる大きな器(心)を持ちなさい!」
「精一杯の力を出したならどんな結果であれ、相手や自分を敬い、相手の頑張り・成長を認め称賛し、自分の足りない事を受け止め、次の励みにしなさい!」
競い合う心ではなく、精一杯出し切った上で、結果だけではなく、その頑張りに敬意を評し大きな心で全てを受け入れなさい!

にして欲しい!

これは難病を持つ我が子manatoが産まれて、気付かされた大切な事!

真翔に教えられたもの・・・

この記事を読んで再度色々な事を考えました。

退会済み さん
2017/03/02 08:49
障害とは、環境的要因と個人的要因が重なりあうことで障害になるという定義が主流になりつつあるのに、日本は未だに、障害者は不幸、邪魔者、そんな扱いをしていることを耳にもするし、体験もいっぱいしてきました。

私の息子たちは、医療的に言えば、軽度。知的と発達障害をもっています。
まだ小3の息子たちですが、色んな先生にあってきました。

インクルーシブ教育をするのなら、まずは、先生がそして保護者が、障害者に対する差別意識を変えなきゃ始まらない気がします。

差別の心は0にはならないとは思いますが、少しの気持ちの持ちようで、思いやりで、生きやすさが生まれてくると障害はなくなっていくんではないだろうかと思ってしまいます。

先生たちの中でも、一人の人間を育てていると言う長いスパンで考えて下さるなら、障害にとらわれず、子供たち自身とちゃんと向き合ってくださったら、それこそがインクルーシブ教育につながっていくのではないのかなと思っています。

現実は難しいですが……。

かおりん さん
2017/02/22 21:31
私の息子は加害者の方ですが、学校の対応は薬を飲んでくださいの1つのみでした。学校ではクールダウンの部屋を用意するだけの状況で放置ぎみです。
正直、知識がないに等しい対応でしたので、何かをお願いしても却下され自分で調べたりして担任の先生にお願いするようにするのが限界でした。
理解ある学校が羨ましくてたまりません。

よこまさ さん
2017/02/21 22:57
インクルーシブ教育を受けるのは障害者の権利であり、それを実現するのは健常者の義務だ、というくらいの認識が必要だと思います。
もちろん、健常者もインクルーシブ教育を受ける権利があり、障害者も実現に向けて負うべき義務はあります。
けれど、教育を受ける権利を侵害されているのは圧倒的に障害児・者です。
そして、実現に向けて変革が必要なのは圧倒的に健常者の方です。

難しい、というのは言い訳にもなりません。

子どもにインクルーシブ教育を受けさせたかったら、教師にもインクルーシブ教育を受けさせる必要があると思います。そして親も。
インクルーシブ教育を受けたことのない大人が、どうしてインクルーシブ教育をすることができますか?
教師は教育のプロであってほしいと思います。専門家としての知識とセンスとノウハウを身につけてほしい。教育のプロでなくともできる作業は、他の人や機械にやってもらう体制を整える必要があると思います。

親としてできることは、それを学校や行政に求めることでしょう。

そして、インクルージョンは「排除しないこと」ですが、インクルーシブ教育を破壊する大人は、インクルーシブ教育の現場から「エクスクルード」すべきかと思います。

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