こんにちは!保育士のたくまです。私たちは日頃から会話や電話、メールやLINEなどを通じて相手とコミュニケーションをはかっています。
今さら言うことではないですが、つくづく「言葉」って便利なツールだなぁと感じます。
ここ日本だと「日本語」という共通言語を理解しておくだけで、なんと便利なことか。日常会話はもちろん、買い物だってこなせるし、外食だって余裕です。
マンガは読めるし、映画や音楽も味わい深く楽しめる。その気になれば好きな異性を言葉巧みに誘うことだってできる。
でも、それが自分にとって当たり前じゃなかったらどんなに不便だろう、と、ふと考えてみる。海外、それも英語圏以外の土地にいきなり放り込まれたら?
耳にする単語すらピンと来なくて、外を歩いても看板の文字すら全く読めなかったら?でもって、私の話す日本語、私の書く日本語が全く通じなかったら?
きっと途方に暮れてしまうに違いない。イライラして自律神経が乱れ、うつ状態になってしまうかもしれない。
自分の気持ちや要望が相手に伝わり、それを理解される喜び。基本的なことですが、そもそもコミュニーケーションって、“伝わる面白さや嬉しさ”が大きいと思うんです。
今回、そんなことを思ったきっかけとなったのは、とある利用者の事例から。自閉スペクトラム症のAくん(8歳)です。
感覚の受け取り方が独特で、ここ最近は日常的に唾吐きがあり、時にはスタッフに向かって「ペッペッ」とやることも。
おもちゃやティッシュを噛んだり、執拗に水分を求めることもあるため、唾吐きは感覚鈍麻からくる自己刺激行動ではないかと評価していました。
しばらく様子を観察してみると、彼にとっての唾吐きは、彼なりの「コミュニケーション」のひとつでもあることが見えてきました。
唾を吐いた後、周りや相手の様子をチラチラと見て反応を伺う姿。それによって反応を示した相手を見てニコニコと微笑む姿。つまり彼にとっての唾吐きは「遊んで」のサインだと気づきました。
そもそもAくんの場合、言葉(発語)というコミュニーケーションを持ち合わせていないので、相手に何かを伝えたい時は何らかの方法でコミュニーケーションをとる必要がある。
彼の場合、その方法が「唾吐き」だと仮定すれば、いろいろと見えてくるものがあるのかなと。
唾吐き自体は、周りからすれば迷惑な行為だけど、Aくんの「遊んで」のサインは見逃さないようにしたい。しっかりとその想いを受け止めたい。
ポイントとしては、唾吐きという行為が注目・関わりを引き出す手段になっているということ。
今のAくんは、ツバを吐いた後、周囲が反応することで「これをやると人が関わってくれる」と学習している可能性が高い。
対応としては、ツバ行為の直後は感情的に反応しない(最小限の対応)こと。その代わりに適切な関わり方をした瞬間を全力で拾うことが望ましいのではと。「ツバよりも“こっちの方が関われる”」と、本人に学ばせることが何よりの支援になると思います。
そこで、実際の現場では以下の対応を基本ベースとしました。
①唾吐きが出る
→ 無言+淡々と距離を取る or ガード(大きなリアクションはしない)。周りのお友達に唾吐きが向かうようならしっかりガードする。
②Aくんには、右手で左胸を“トントン”と叩くハンドサイン(遊んで)を促す
→ハンドサインができた瞬間にしっかり褒める。その後に触れ合い遊びをして、唾吐きの代替行為(感覚刺激)を満たす。
ハンドサインによってAくんのコミュニケーションが円滑になるのはもちろん、周りも安心して受け入れることができるようになる。
こちらの支援を実践し始めてまだ数日ですが、唾吐きの頻度は少しずつ減ってきました。Aくん自身も得意げにハンドサインを示すことも増えてきました。
“伝わる面白さや嬉しさ”を実感してもらうことで、Aくんの今後の生活がより豊かなものになるといいなと思います😊
今さら言うことではないですが、つくづく「言葉」って便利なツールだなぁと感じます。
ここ日本だと「日本語」という共通言語を理解しておくだけで、なんと便利なことか。日常会話はもちろん、買い物だってこなせるし、外食だって余裕です。
マンガは読めるし、映画や音楽も味わい深く楽しめる。その気になれば好きな異性を言葉巧みに誘うことだってできる。
でも、それが自分にとって当たり前じゃなかったらどんなに不便だろう、と、ふと考えてみる。海外、それも英語圏以外の土地にいきなり放り込まれたら?
耳にする単語すらピンと来なくて、外を歩いても看板の文字すら全く読めなかったら?でもって、私の話す日本語、私の書く日本語が全く通じなかったら?
きっと途方に暮れてしまうに違いない。イライラして自律神経が乱れ、うつ状態になってしまうかもしれない。
自分の気持ちや要望が相手に伝わり、それを理解される喜び。基本的なことですが、そもそもコミュニーケーションって、“伝わる面白さや嬉しさ”が大きいと思うんです。
今回、そんなことを思ったきっかけとなったのは、とある利用者の事例から。自閉スペクトラム症のAくん(8歳)です。
感覚の受け取り方が独特で、ここ最近は日常的に唾吐きがあり、時にはスタッフに向かって「ペッペッ」とやることも。
おもちゃやティッシュを噛んだり、執拗に水分を求めることもあるため、唾吐きは感覚鈍麻からくる自己刺激行動ではないかと評価していました。
しばらく様子を観察してみると、彼にとっての唾吐きは、彼なりの「コミュニケーション」のひとつでもあることが見えてきました。
唾を吐いた後、周りや相手の様子をチラチラと見て反応を伺う姿。それによって反応を示した相手を見てニコニコと微笑む姿。つまり彼にとっての唾吐きは「遊んで」のサインだと気づきました。
そもそもAくんの場合、言葉(発語)というコミュニーケーションを持ち合わせていないので、相手に何かを伝えたい時は何らかの方法でコミュニーケーションをとる必要がある。
彼の場合、その方法が「唾吐き」だと仮定すれば、いろいろと見えてくるものがあるのかなと。
唾吐き自体は、周りからすれば迷惑な行為だけど、Aくんの「遊んで」のサインは見逃さないようにしたい。しっかりとその想いを受け止めたい。
ポイントとしては、唾吐きという行為が注目・関わりを引き出す手段になっているということ。
今のAくんは、ツバを吐いた後、周囲が反応することで「これをやると人が関わってくれる」と学習している可能性が高い。
対応としては、ツバ行為の直後は感情的に反応しない(最小限の対応)こと。その代わりに適切な関わり方をした瞬間を全力で拾うことが望ましいのではと。「ツバよりも“こっちの方が関われる”」と、本人に学ばせることが何よりの支援になると思います。
そこで、実際の現場では以下の対応を基本ベースとしました。
①唾吐きが出る
→ 無言+淡々と距離を取る or ガード(大きなリアクションはしない)。周りのお友達に唾吐きが向かうようならしっかりガードする。
②Aくんには、右手で左胸を“トントン”と叩くハンドサイン(遊んで)を促す
→ハンドサインができた瞬間にしっかり褒める。その後に触れ合い遊びをして、唾吐きの代替行為(感覚刺激)を満たす。
ハンドサインによってAくんのコミュニケーションが円滑になるのはもちろん、周りも安心して受け入れることができるようになる。
こちらの支援を実践し始めてまだ数日ですが、唾吐きの頻度は少しずつ減ってきました。Aくん自身も得意げにハンドサインを示すことも増えてきました。
“伝わる面白さや嬉しさ”を実感してもらうことで、Aくんの今後の生活がより豊かなものになるといいなと思います😊