こんにちは。保育士のたくまです。気づけば6月ももう終わり。夏の足音が聞こえてきました。ほら、カツカツッてね。
今年の夏もとんでもなく暑くなるんでしょうねぇ。スタミナつけなきゃですね。スタミナと言えば、そう、うなぎ。
西尾市一色町出身の私としては、毎年この時期、スーパーで三河一色産のうなぎを見かけると、なんだか誇らしい気持ちになります。たぶん、一色町出身の方はみんなそうなんじゃない?と、勝手に思ってたりします。
さてさて、みなさんは「うなぎ」はお好きでしょうか?私は大好きです。高いからなかなか頻繁には食べられないけど(汗)。
うなぎのお供と言えば、言わずもがな山椒。山椒って不思議な存在ですよね。「今日は山椒だけ食べよう!」という人は、たぶんほとんどいないけど、山椒を少し振りかけるだけで、うなぎの美味しさがぐっと引き立つ。あれって、なんなんでしょう?
主役はあくまでもうなぎで、山椒は主役じゃない。でも、なくてもいいわけではない。山椒とうなぎって出合うべくして出合ったというか。恋愛で言ったら“赤い糸”の関係で、まさに運命ってところでしょうか。
今日はそんな「山椒」をテーマに、私が考える療育についてお話したいと思います。
保護者の方とお話していると、「落ち着けるようになりますか?」「苦手なことができるようになりますか?」「みんなと同じようにできますか?」といったご相談を矢継ぎ早にいただくことがあります。
もちろん、できることが増えるのは素敵なことです。私たちもそのための支援を全力で行います。でも、療育の本質は、子どもを別の誰かに作り変えることではないと思っていて。
例えば、トマトをリンゴにすることはできません。でも、甘くて美味しいトマトに育てることはできます。きゅうりをメロンにはできません。でも、みずみずしい最高のきゅうりにはできます。
当たり前の話ですが、「素材そのものの良さ」を活かすことが重要だと思っていて。
発達障害のある子どもたちは、本当に個性豊かです。好きなことへの集中力がものすごかったり、独特の発想力を持っていたり、大人が気付かないような細かな変化に気付いたり。
一方で、集団が苦手だったり、気持ちの切り替えが難しかったり、じっと座ることが苦手だったりもします。
私たち支援者は、ともすると「困りごと」ばかりに目が向いてしまいがちです。でも、その子の人生を支えるうえで本当に大切なのは、困りごとを減らすことだけではありません。その子が持っている魅力や強みを見つけ、伸ばしていくことも大切です。
ここで山椒の話に戻ると、山椒は適量なら美味しい。でも、かけすぎるとどうでしょう。口の中がピリピリして、せっかくのうなぎの味が分からなくなります。
療育も同じことが言えると思っていて。「こうしなさい」「ちゃんとしなさい」「普通はこうだよ」「みんなできているよ」そんな支援ばかりになると、その子の良さが見えなくなってしまい、いつの間にか、子どもが主役ではなく、支援が主役になってしまう。
だから、子どもの魅力を引き立てる適量の山椒くらいがちょうどいい。私はそう思っています。
理想は、療育を受けたから「いい子」になることではなくて、療育を受けたことで、その子らしく生きやすくなること。
人前で話すのが苦手なら、 無理に司会者にする必要はなくて。じっと座るのが苦手なら、 身体を動かしながら学ぶ方法を考えればいいかもしれません。
大切なのは、社会に合わせるためだけに子どもを削ることではなく、その子の持つ良さを社会の中で活かせる方法を一緒に探すこと。それが私の考える山椒みたいな療育です。
山椒はうなぎを主役にします。決して自分が主役になろうとはしません。私たち支援者も同じで、あくまで主役は子どもたち。
私たちは、その子が持っている魅力や可能性がより輝くように、そっと力を添える存在でありたいと思っています。
子どもたちは一人ひとり違う素材です。高級和牛もあれば、新鮮な魚もある。野菜もあれば、スパイスの効いた珍しい食材もある。だからこそ、みんな同じ味になる必要はなくて。その子らしい味が、その子の魅力です。
これからも、子どもという素材を活かす「山椒のような療育」を大切にしながら、子どもたちの成長を応援していきたいと思います。
そして願わくば、保護者の皆さまにも、ときどき山椒の気持ちになっていただけたら嬉しいです。
かけすぎず、足りなさすぎず。子どもの味を信じながら、ほんの少しだけ引き立てる。そんな関わりが、案外いちばん美味しいのかもしれません。
余談ですが、アイスの「pino」に山椒をかけると、山椒の風味とバニラの甘みが絶妙にブレンドされ、なんだかとってもおしゃれな味に変身。ぜひ、ご賞味あれ。
今年の夏もとんでもなく暑くなるんでしょうねぇ。スタミナつけなきゃですね。スタミナと言えば、そう、うなぎ。
西尾市一色町出身の私としては、毎年この時期、スーパーで三河一色産のうなぎを見かけると、なんだか誇らしい気持ちになります。たぶん、一色町出身の方はみんなそうなんじゃない?と、勝手に思ってたりします。
さてさて、みなさんは「うなぎ」はお好きでしょうか?私は大好きです。高いからなかなか頻繁には食べられないけど(汗)。
うなぎのお供と言えば、言わずもがな山椒。山椒って不思議な存在ですよね。「今日は山椒だけ食べよう!」という人は、たぶんほとんどいないけど、山椒を少し振りかけるだけで、うなぎの美味しさがぐっと引き立つ。あれって、なんなんでしょう?
主役はあくまでもうなぎで、山椒は主役じゃない。でも、なくてもいいわけではない。山椒とうなぎって出合うべくして出合ったというか。恋愛で言ったら“赤い糸”の関係で、まさに運命ってところでしょうか。
今日はそんな「山椒」をテーマに、私が考える療育についてお話したいと思います。
保護者の方とお話していると、「落ち着けるようになりますか?」「苦手なことができるようになりますか?」「みんなと同じようにできますか?」といったご相談を矢継ぎ早にいただくことがあります。
もちろん、できることが増えるのは素敵なことです。私たちもそのための支援を全力で行います。でも、療育の本質は、子どもを別の誰かに作り変えることではないと思っていて。
例えば、トマトをリンゴにすることはできません。でも、甘くて美味しいトマトに育てることはできます。きゅうりをメロンにはできません。でも、みずみずしい最高のきゅうりにはできます。
当たり前の話ですが、「素材そのものの良さ」を活かすことが重要だと思っていて。
発達障害のある子どもたちは、本当に個性豊かです。好きなことへの集中力がものすごかったり、独特の発想力を持っていたり、大人が気付かないような細かな変化に気付いたり。
一方で、集団が苦手だったり、気持ちの切り替えが難しかったり、じっと座ることが苦手だったりもします。
私たち支援者は、ともすると「困りごと」ばかりに目が向いてしまいがちです。でも、その子の人生を支えるうえで本当に大切なのは、困りごとを減らすことだけではありません。その子が持っている魅力や強みを見つけ、伸ばしていくことも大切です。
ここで山椒の話に戻ると、山椒は適量なら美味しい。でも、かけすぎるとどうでしょう。口の中がピリピリして、せっかくのうなぎの味が分からなくなります。
療育も同じことが言えると思っていて。「こうしなさい」「ちゃんとしなさい」「普通はこうだよ」「みんなできているよ」そんな支援ばかりになると、その子の良さが見えなくなってしまい、いつの間にか、子どもが主役ではなく、支援が主役になってしまう。
だから、子どもの魅力を引き立てる適量の山椒くらいがちょうどいい。私はそう思っています。
理想は、療育を受けたから「いい子」になることではなくて、療育を受けたことで、その子らしく生きやすくなること。
人前で話すのが苦手なら、 無理に司会者にする必要はなくて。じっと座るのが苦手なら、 身体を動かしながら学ぶ方法を考えればいいかもしれません。
大切なのは、社会に合わせるためだけに子どもを削ることではなく、その子の持つ良さを社会の中で活かせる方法を一緒に探すこと。それが私の考える山椒みたいな療育です。
山椒はうなぎを主役にします。決して自分が主役になろうとはしません。私たち支援者も同じで、あくまで主役は子どもたち。
私たちは、その子が持っている魅力や可能性がより輝くように、そっと力を添える存在でありたいと思っています。
子どもたちは一人ひとり違う素材です。高級和牛もあれば、新鮮な魚もある。野菜もあれば、スパイスの効いた珍しい食材もある。だからこそ、みんな同じ味になる必要はなくて。その子らしい味が、その子の魅力です。
これからも、子どもという素材を活かす「山椒のような療育」を大切にしながら、子どもたちの成長を応援していきたいと思います。
そして願わくば、保護者の皆さまにも、ときどき山椒の気持ちになっていただけたら嬉しいです。
かけすぎず、足りなさすぎず。子どもの味を信じながら、ほんの少しだけ引き立てる。そんな関わりが、案外いちばん美味しいのかもしれません。
余談ですが、アイスの「pino」に山椒をかけると、山椒の風味とバニラの甘みが絶妙にブレンドされ、なんだかとってもおしゃれな味に変身。ぜひ、ご賞味あれ。