退会済みさん
2020/11/17 08:26 投稿
回答 4 件
受付終了

一人暮らしや
引っ越しについてなんですが
まだ、決まった訳ではなく
どのくらいかかるのかなぁって
思い投稿しました。
敷金と礼金無しだと
どのくらいなのかなと…

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質問者からのお礼
2020/11/18 01:34
じゃあ、もういいです
次、母親がもしまた万引きしたら
自分死にます
夢を諦めるくらいなら死にます
貯金出来ないクズでゴミ人間なんで
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この質問への回答
4件

銀猫さん
2020/11/17 14:33

乱暴ですがリンクを貼っておきますね。 >一人暮らしの初期費用はいくら必要?引越し料金を抑えるコツを実例で紹介 https://hikkoshizamurai.jp/price/initial-cost/ 引用ですが、 >一人暮らしの初期費用の相場は、家賃の4~6か月分程度で、30万円~50万円だといわれています。新居の家賃が6万円であれば初期費用の総額は24~36万円、7万円であれば28~42万円、8万円になると32~48万円ほどが目安です。 と、あるように、 敷金礼金の無い部屋に決めたとしても、何だかんだでお金が無くなっていきますので、20代の頃、私は確実に50万くらい、動かせるお金が出来てから引っ越しました。 保証人が必要な場合が多いですから、お父さん、お姉さんなどに、話をつけておくことをオススメします。 ayumiさんのこのご質問、3回目くらいかなぁ、、と思いましたよ? 今まで皆さん、とてもとても親身になって答えて下さっているので、もう一度読んでみては??

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お悩み聞いてというより何か聞きたいことはありますか? 自閉症の兄39歳と、脳幹出血による介護度5の母の世話を自宅でしながら近くの店舗でトリミングサロンをオープンしている34歳既婚女性です。 兄は毎日楽しそうに福祉作業所に通っています。 昔はよく、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、目の前で手のひらひらひらさせたり、いろんな人の自転車ロックする瞬間にやりたくて奪いにいったり。いじめられて泣いて帰ったりしてました。 今はこだわりは強いですが、落ち着いています。 兄の面倒をみていた母が脳幹出血で倒れ、 タンの吸引、胃ろう、オムツで一人で歩くこともできない体になりました。 顔面麻痺により会話も困難。水も飲めない身体ですが、頭はしっかりしています。 そんな2人の面倒を見はじめて、2年間は嵐のような日々。施設に入れるの一点張りの父との対立、 歯も磨けない、トイレも汚し放題、毎日何回も同じこと言ってるのにやらない兄との対立 母は頭はしっかりしてるものの、ありがとうを言えない。動かない口で死にたいと言って泣く日々。 それに加えて看護、リハビリ、介護の知識と技術をつける上での肉体的な大変さ。 自閉症の人に対する接し方の勉強。 やりたい仕事や遊びができない苦しさを乗り越えて、 今、毎日とっっても充実しています。 母はリハビリ士さん、看護師さん、訪問入浴、針などやりながら、毎日リハビリをして、わたしががっちり支えらば立って歩けて、階段も登れるまでに。一日何回、ありがとうって言ってるかわからないくらい感謝感謝の毎日。 兄も笑えなかった2年間を超えて、朝からニコニコして起きてくる。 介護に反対だった父はまだまだ下手くそだけど、介護や兄の世話をしてくれるようになり、今1番幸せと言うまでに。 わたしはトリミングサロンのオープンをして、新たな夢もできて、とても充実した毎日。 わたしは結婚していますが、なかなか子供ができなく、子育て経験はありません。 子育てしたこともないやつがアドバイスはおこがましいので、子育てに関しては母ミッチに。 自閉症の兄妹の思うことや、考えを知りたい、またはどうやって今を楽しく感じられるようになったかの心理的な事に関してはサオリに。 どうして家での介護を認めたのかなど、男親としての考えは父に。 なんでもかまいません。 聞きたいことありますか? とくにミッチへの質問があると嬉しいです。誰かに面倒見てもらうだけじゃなく、誰かの役に立ちたい。その一心での投稿です。 人に必要とされることは、どんなプレゼントより嬉しいものです。 どうぞよろしくお願いいたします。

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2018/10/02 投稿
遊び 19歳~ トイレ

相模原の事件について思うこと 長文、失礼します。 24歳の夏、再就職のための勉強と家事手伝いをしていた私。市のボランティア体験学習に参加してみた。 最終日は知的障害者入所施設の見学だった。 正直、気が重かった。知的障害者の方と接したことがなかったので、なんとも言えない不安感のようなものがあった。 バスを降りると、ベテラン女性職員が笑顔で迎えてくれた。 「みなさん、来てくれてありがとうございます。こうして、みなさんに来ていただくことが有り難いのです」という内容だった。緊張が和らいだ。素敵な女性だと思った。 利用者の方々と施設周辺を散歩しながらゴミ拾いをして、一緒にジュースを飲んだ。自分より年上の女性が「おねえさん、おねえさん」となついてくれた。 最後にみんなで「手のひらを太陽に」を歌った。子どもの頃から何度も何度も歌っていた歌だったが、そのとき歌いながら、今まで感じたことのないような体の底からこみあげるような深い感動がわいて、泣いてしまいそうになった。 私は全く知らなかったけど、ここにこうして頑張って生きている人たちがいる。それを支えるスタッフの方たちがいる。 なぜ、もっと早くこの世界を知ることができなかったのか?と、一緒に参加していた高校生が羨ましかった。もし、私が高校生だったら、大学で福祉を学んで仕事にいかしたであろうに、と。 しかし、その後縁あって、知的障害児入所施設の児童指導員として就職することができた。 簡単な仕事ではないことは、覚悟していたつもりだった。しかし、就職して一ヶ月もたたないうちに早くも後悔した。突然、児童に腕を噛まれたのだった。最初は全く理由がわからなかったし、何より人に噛まれた傷が痛かった。 二年目からは、重度と最重度判定の児童が生活する棟に配属になった。何もかもカルチャーショックだった。 重度棟には、言葉のない児童ばかりで、歩行が不安定な児童もいた。児童といっても、中学生と高校生がメインで体格は大人並みの児童も多く、着替えやトイレや入浴の支援など重労働だった。 新人職員だった頃、最重度判定のお子さんが声かけに応じてくれなくて苦戦した。彼らは、人を肩書きとか表面的なことで評価しない。その人の人間性をまっすぐに見つめている。一対一の信頼関係が成り立たなければ、けっして声かけに応じてくれなかった。ごまかしのきかない世界だ。それは辛い日々でもあり、大切な学びの日々でもあった。 言葉のない子の鼻歌に励まされ、言葉のない子のとびきりの笑顔に癒されたこともあった。 彼らを支援する仕事で、私は自分の人生を支えてもらっていた。 辛くて何度も辞めたいとも思った。でも、彼らと過ごす一日のなかでは必ず心から笑える自分がいることも感じていた。 10年働いたくらいで、気力と体力の限界をむかえてしまった。結婚の話が出たタイミングで退職した。 それから2年後に息子を出産した。元気いっぱいの赤ちゃんだった。 息子は2歳で発達障害であることがわかり、3歳で知的障害であることがわかった。高年齢出産であったから、妊娠中は、子どもに何らかの障害があるかもしれないと覚悟しているつもりだった。障害の有無に関わらず、子どもはみな可愛いいということも知っていた。それでも我が子の障害が確定するのはショックだった。 息子に障害があって良かったとは思わない。でも、息子に障害がなければ出会えなかった出会いに感謝している。 人はだれでもひとりでは生きられないこと、まだまだ課題があることを神様が伝えるために息子は私のところにきてくれたのだと思っている。 障害がある、それだけで排除されるような社会は野蛮な社会だ。そのような社会では、誰ひとり幸せにはなれないだろう。 この世界に存在する命はすべてこの世界が受け入れた命だと思う。 相模原の事件で犠牲になった方々のこと、ご家族のことを思うと、くやしくて悲しくて。 なぜ、障害者への差別は存在しつづけるのか? 差別してしまう心までは否定できない。でも、障害があろうとなかろうと、みんなが幸せになる権利がある。そんな社会でありつづけるために、自分ができることを探し続けたい。

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2016/07/28 投稿
仕事 4~6歳 就職

地域の親の会主催の見学会に参加してきました。 入所施設と職業訓練センターの二つです。 ケアホームに入り、施設で働いているのに いまさらなんで?と思われるでしょうが、 世の中、何があるかわかりません。 永遠なる安定はない、と思っています。 その為には常に情報は持っておくこと、 見て聞いておくことが大事だと思ってます。 まずは入所施設から。出来て10数年のところです。 実はここ、かつていろいろ問題がありまして。。。 最近、いくつかの施設運営をしているグループに 入りました。それ以前に見学に参加した方からは 「あそこはちょっと。。。。」と聞いていました。 が、運営先が変わったことで、明るく良くなったと 聞き、期待しながら行きました。建物はちょっと 傷んでいますが(その改善にお金が回らなかったとか) 明るく、スタッフの方たちも穏やかに、そしてとても ウェルカムな雰囲気でした。 二階建ての建物を振り分けて、男女40名強が暮らしています。 行動障碍がある方の部屋内は安全の為に「何も置いて ない部屋」も。その方たちは日中活動は参加できる時に 参加しているそうです。ショートスティもあり。 軽作業をするグループ、穏やかに静かに過ごす グループ、散歩をするグループ、それぞれに 見合ったところで活動していました。 責任者の方たちからのお話しでは、運営先が変わったが、 職員は引き続き、残って頑張ってくれているそうです。 次は職業訓練センター。こちらも話しを聞いていたので、 期待大! 目からウロコ!の話しがたくさん聞けました。 もしも、息子がまだ支援学校の生徒だったら、一度は 実習させたいと思えるところです。単純に言うと、 企業に「何か仕事ないですか?」とセールスに行き、 「こういう仕事があるけど、できる人はいる?」という ことになれば、その仕事をできるように、センターの スタッフが試行錯誤して、障碍者ができるように 工夫(視覚支援など)をし、センターで実習を重ね、 その企業のある仕事専用の仕事場も作り(借りて) 障碍者は面接などを経て、採用してもらい、仕事を する、までをフォローしていくところでした。 採用実績は半数が知的障碍者、平均賃金が9万〜13万 だそうです。責任者の方が力説していたのは「障碍の程度で この仕事、という考え方はしません。その方の興味のあること、 得意なことを見つけて、仕事ができるように練習を重ねて いきます」とのことでした。親としては、ついつい「仕事」 という言葉に反応して「うちはムリ」と最初から諦めがち ですが、こういう考え方もあるんだ、と新しい発見ができた 1日でした。 その他、マナーの習得やボールペン字の練習(履歴書書きの為) 面接練習(親も)などもやっているそうです。 いくつか、練習している仕事を見せてもらいました。 カードを50枚ずつまとめる、という仕事がありました。 数を数えるのではなく、そのカードと同じ大きさの枠を書いた紙を 用意し、枠の中に1から50までの数字を書いておき、その紙の 枠全てにカードを置いたら、カードをまとめる、というような 工夫をして練習しているそうです。他にもテープを貼るのに、 ズレないように固定枠を作って、練習していました。パソコンの 入力練習をしている様子も見学できました。 1日がかりでしたが、とても勉強になった1日でした。 息子の仕事がスムーズに出来るような工夫を、こちらから 提案できるようになりたいです。なかなかできませんが。

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1件
2013/11/09 投稿
仕事 知的障害(知的発達症) 親の会

家族から、ちゃわん、きれいになってなかったらあいつのせいだ 肉や食べ物がくさってたら?あいつのせいだ 知的障害で頭おかしいからだと、 全部 うちの、せいにしてくるから 違うって言ってるのに、 誉められたことなく、責めれないからって 言葉でいじめられて、 ストレスで、なにも食べたくないし 薬忘れたら、親にあいつと一緒で薬管理できない、知的障害とおなじだ、 妹、あんな バカと一緒にするな 作業所も居場所無いし。ストレスたまるだけ。昔は、障害認められなくて、叩かれて、 学校でも、宇宙人だ、って、靴で踏まれて 髪の毛捕まれて廊下引きずり回されたのに 働けなくて、検査したら障害わかったとたん ひどく、毎日悪口で、 失敗したら、叩かれる。おこられるバカにされるの恐怖から完璧しなきゃならないで 出来ないことをは一切やれず、 失敗したら必死に隠しましす 施設空き無いし、ストレスで薬増え続けるし、環境かえなきゃ、薬の意味無い言われたし。 どうして出来ないの!とか やってみなさいが怖くて わからない、できない、なっちゃって あまりに、責められると、もの壊したり 髪の毛かきむしったり。 叫ぶことしかできないです。 困ったときの、対象などのりょういく うけてないし、どうせだいとうまくかかわれません。 検査しない方がよかったですか? どうせ治らないし。できない自分はバカで ダメ人間?言われ続けて地震無いです

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3件
2019/01/20 投稿
19歳~ いじめ 知的障害(知的発達症)
言いたい!聞きたい!
締め切りまで
9日
「数年待ち」の地域も!?放課後等デイサービス探しと、通って実感した子どもの成長・親のホンネを教えてください
小学生になったら「放課後等デイサービス(放デイ)」へ……と考えていざ動き出したら、「どこもいっぱいでキャンセル待ち」「直前にならないと空きが分からない」という待機状況に直面し、途方に暮れた経験はありませんか?
地域によっては施設数が少なく、数年待ちになることも珍しくない放デイ。「児童発達支援からの『持ち上がり優先枠』を狙うために、幼児期から早めに動いた」「高学年での枠を確保するために、あえて学童の利用を減らして放デイに通っている」など、独自の工夫でなんとか枠を確保したご家庭も多いのではないでしょうか。
また、苦労して見つけた放デイに通い始めると、「最初は泣いて行き渋っていたのに、今は楽しそう」「家では反発してしまうことも、デイの先生のサポートや声かけだとスッと受け入れて切り替えられる」など、思いがけない子どもの成長に驚かされることも。さらに、放デイに預けている時間が親御さんにとって貴重なレスパイト(休息)となり、心に余裕が生まれたという声も多く聞かれます。
皆さんの「放デイ探しの紆余曲折」や「枠を確保するための工夫」、そして「通所してからのエピソード」は、これから放デイを探す保護者の方にとって非常に貴重な情報になります。ぜひ、あなたの体験談をお聞かせください。

【例えば、こんな経験はありませんか?】
〇人気の放デイは待機が多く、何件も見学してようやく今の施設に巡り合った
〇見学先で「〇年待ち」と言われたため、児童発達支援と併設している施設に早くから通い、放デイへの持ち上がり枠を狙った
〇放デイでお友だちとの関わり方や順番待ちを学んだおかげで、学校でのトラブルも減った
〇運動メインの放デイから、成長に合わせて学習支援型の放デイへ転所した
〇親である自分自身もレスパイトの時間が持てて、子どもに優しく接する余裕ができた
〇転勤族で事前の関係構築ができず、引っ越し先での放デイ探しが過酷だった

【アンケートへの答え方】
本画面下にある「選択肢」から、ご自身の状況に最も近いものを1つ選択してください。 よろしければ続けて「このテーマに投稿する」欄に、皆さんの経験や思いをお寄せください。
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【アンケート期間】
2026年10月26日 〜 2026年11月4日

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