不登校の娘が場面緘黙症な気がするのですが…
私には中学2年生になる不登校の娘がいます。
家ではやたら喋るのに、どうして学校へ行きたがらないのか疑問に思っていましたが本人もそれについてはあまり触れられたくないようで、深くは聞かないでいました。
少なくともいじめられている様子はなく、みんなの話の輪に入るのが苦手なようなことが断片的にはわかってきました。
これってもしかすると場面緘黙症というやつに当てはまりそうなのですが、どうなんでしょうか?
発達障害とは違うかもしれませんが、同じようなお子さんを持たれる親御さんの体験談などありますか?
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この質問への回答6件
私の娘(19歳)は中学2年の二学期を境に、不登校になりました。 小学生時代はずっと場面緘黙でした。 (ですが、学校に相談しても”緘黙”を知らない先生で話にならず、自分で勉強しました。) 家で喋れること=外で(学校で)喋れること ではありません。 家は安全で身を守る空間です。 学校は(こどもにとって)戦場です。 家庭は全てにおいて”練習場”なわけですね。 安全基地(家庭)で沢山練習を積み、体力や、話術を学びます。 それから”戦場(試合)”に行くようなイメージでしょうか。 ”どうして学校へ行きたがらないのか疑問”とありますが 喋れるかどうか?よりも、学校でどんな話を、だれと、どのような表情でお嬢さんが喋っているのかが大切です。 (場面緘黙であれば、声を聞いたクラスメートはほとんどいないはずですが・・・) 信頼できる友達も見つからないまま、とりあえずみんなと、話を合わせているだけの毎日の積み重ねだったとしたら・・・ 疲れるだけかもしれませんよね。 人の輪に入っていくことが大切なのではなく、人の輪に入ることが苦手な自分をわかってくれる仲間の存在を 一人でも、お嬢さん自身が感じ取れる空間にいるかどうかが問題でしょう。 心のより所を見つけられないまま、その空間に身をおいていたのではお嬢さんでなくても疲弊してしまいます。 まず家庭の中が、絶対の安心の場であることが大前提。 沢山お嬢さんが話をし、お母さんが沢山聞いてあげること。 厳しいことをひとつ・・・ お嬢さんの話を聞くうちに、お母さんの心に浮ぶ不安やジャッジしたくなる思いは、お母さん自身の中で生まれたもので、お嬢さんの話とは関係がありません。 ぐっとこらえてひたすら聞く、とりあえずつべこべ言いたくなる自分を律して聞きとおすことが肝心です。
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