受付終了
最近、考える疑問です。
娘がこうなってから、色々と自分や、家族の事を振り返った時、おそらく、自分には何らかの特性があったと思います。
また、弟は、風船の音が嫌いだったり、こだわりが強かったり、謎の言葉を発したり、検診で、自閉症かもしれないと診断されたりもしたようです。
しかし、うちの母も、何らかの特性があったのか、性格なのか分かりませんが、さほど、気に留めず、母流に放任で育てられました。あまり、思い出せないのですが、私も、弟も、色々と困難はありつつも、鬱などにはならず、それなりに友達も出来、今は、社会人として働いています。きっと、特性に対しては自分で折り合いをつけていったのだと思います。
そこで、疑問なのが、もしかしたら、自分が、毎日の出来事に、一喜一憂し、ストレスを抱え、子どもの成長を信じ切れず、大らかな気持ちでいられない事は、逆効果なのではないかと思う時があるのです。
あの時の母のように、うちの子が自閉症なはずない、と強くいる方が良いのではないかと…。
しかし、振り返ってみると、なぜ、自分は苦しいのに、母は何もしてくれないのだろう。とは感じていました。
この様な質問をしておきながら、私は、今、できる事をしないで後悔はしたくないので、やれる事はやろうと思うのですが、もし、経験談などを聞かせていただけると嬉しいです。
...続きを読む
この質問に似ているQ&A 10件
この質問への回答17件
ごく個人的な分析ですが、 子どもに対する見方は 時代の流れにもよるかもしれません。 発達障がいは昔もあったはずです。 診断は受けてないけども「自分も?」とか「あの子も?」ってことがあったと思います。 1.学問の進歩により研究が進んで、情報が増えてきた。 2.昔は社会全体が「それくらいなら...」って思ってもらえたものが、許されなくなったから、 特性を理解し守る必要が出てきた。 3.一部では制度が整ってきたから、利用する人が増え、知る機会も増えた。 その変が昔との違いかな...と思ってます。 なので、保護者がよっぽど知ってるか、明らかすぎるかくらいじゃないと個性で済んでたし、 保護者も周りも個性で済まして負担は少なかったんだと思います。 今はちょっとでも「迷惑」になるので、凸凹もわくの中に押さえていけないといけないなあと思います( ´Д`)=3まぁ、みんなが、余裕ないんでそれも仕方ない部分はあるんですけどね( -`Д´-;A) 親として出来ることをすることは決して悪くないと思います。 親子と言えど、同じやり方でいいのもないですが、 育児としていいな🎵と思うところは取り入れたりでもいいと思います。 ずれてるように思いますが、応援してます。
Delectus incidunt qui. Cupiditate architecto dicta. Dolores fugiat iusto. Ut iusto quaerat. Provident consectetur quas. Et accusantium iusto. Blanditiis et consequuntur. Autem laudantium rem. Aut recusandae voluptatibus. Qui alias et. Fugit beatae expedita. Suscipit pariatur consequatur. Quidem ab minima. Enim quibusdam voluptatem. Expedita enim exercitationem. Autem ipsa ea. Est tempora rerum. Voluptas ab saepe. Unde quisquam molestiae. Cupiditate ut maiores. Molestias quis voluptatum. Necessitatibus id recusandae. Consequatur quibusdam aut. Enim harum fuga. Hic libero sunt. Adipisci voluptatem doloribus. Harum est mollitia. Beatae ratione qui. Consequatur autem sed. Aut quae vel.
この質問には17件の回答があります
会員登録するとすべての回答が見られます!
会員登録するとすべての回答が見られます!
あなたにおすすめのQ&A
関連するキーワードでQ&Aを探す
会員登録するとQ&Aが読み放題
関連するQ&Aや全ての回答も表示されます。