退会済みさん
2016/03/22 09:25 投稿
回答 10 件
視覚からの情報って大切なんだなと思ったことです。
娘はこのごろ絵本を指さしながら単語を言います。そしてわたしがそれを言い返すのを待ってくれます。
『しろ』と『きいろ』が両方『いろ』に聞こえますが一緒に本を見ていると、それがちゃんと『しろ』と『きいろ』に聞こえてきます。
二人で本を読みながら単語を言ってると、主人が、何て言ってるか自分にはわからない、と。
そのときは、なんでよ!ちゃんと言ってるやん!と反論したのですが。
昨日、わたしは寝転びながら適当に娘のことばを反芻していたんです。
『いろ』と言うので、『しろ、やなー』と答えるともう一度『いろ』と言うので『きいろ、やなー』とまた本を見ずに答えました。娘はまたもや『いろ』と言ってきたので本を見ると『りんご』と言ってたんです。
目からの情報で聞こえかたが変わるわけじゃないのに脳の捉え方って変わるんですね。
娘の言う『みずいろ』は耳だけで聞くと『ぶいろ』、でも本をみながらだとちゃんと『みずいろ』に聞こえる。
脳の働きって不思議ですねぇ。
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退会済みさん
2016/03/22 11:58
そういう面では視覚情報はとても大切ですよね。定型発達の人は自然に脳が働いて情報を取り込んでいます。必要な情報は察知しやすく出来ています。逆に、不要な情報は排除して必要なものを取り込みやすく自然に働いているのです。なので、煩く大勢いる処でも聞きたい人の声を聞き取れたりする事ができます。 眼で見てその人の表情や、口の動きである程度推理する事が自然にしているし、周りの雑音を消して聞きたい人の声を拾う事もできるのです。そういった脳のシステムが上手く稼働していない場合は、集団でのコミュニケーションにも問題が出てきます。 そういった事を、一つ一つ説明しても、解って貰えないのが現状です。また、何の手だても出来ないような社会です。それに、一人一人困難な事も違います。学校では、毎年、先生が変わっても難しくなるのは当然です。生きにくい社会ですよね。 それでも、一人で生きて行くために出来るだけお子さんの事を解ってあげられることが出来たら、社会に出ていくまでに、その子の困難さも断然違ってきます。 目の前の子さんと向き合って、子育てが出来ていて子供の事を理解して行く事ができるすばらしい、お母さんだと感じます。これからもいろいろな気付きを大切になさってください。また、幼い頃から継続的に見て貰える所をずっと持ち続ける事は大変な財産になると思います。一人で頑張らずに、周りを巻き込んででも頑張ってください。応援しています。
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