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一年生の児童が先生などの見張り役がいないといたずらをしてしまいます。例えば洗面所で手を洗ってきてと言うとその後全く戻ってこず、見に行くと石鹸を全部なくなる勢いで使い遊び始めます。またわざと人にぶつかりごめんと言いながらもまたすぐやってしまう。着替えも一人で着替えられる力はあるが着替えてきてと言っても着替えずに出てきて、パンツ一枚で出てきたり、お尻を出して注目させようとする。勉強中もトイレに行くことが多くそこでも洗面所で遊んでしまい、結局先生が注意して戻らせる。勉強も先生が近くにいるときはやりますが少し距離を話すとやらなくなるそうです。そのときもごめんなさいというがまた繰り返すなど何度注意してもやめません。うちの施設では一年生だからしょうがないやたくさん構ってあげるという方針なのですが、僕は納得いきません。個人的には注意喚起行動なので注目しないことがセオリーだと思ってます。こういう行動は結果的に彼に先生をコントロールされているとも言えると思います。
彼は僕に対してもやってきますがそういうときには真顔で無視や泡を使いすぎたときは今日は泡禁止と言って取り上げ、淡々とやるべきことを伝えるだけにして注目しないようにしてます。そうすると素直にやめることが多いですが、別の職員だと無視せず構ってしまうのでこの繰り返しです。
良い行動をしている時だけ注目して構ってあげる。これが正しい対応だと思っています。ただ間違えてるかもしれないのでこのような児童への対応について詳しい方、どういう心理状態で行っているのか皆さんの考えを聞かせてください。
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この質問への回答19件
まず、間違えています。 応用行動分析は、対象の行動についての 対応策を練るための概念でしかありません。 子どもの心を発達させるものではないのです。 児童ならではの遊びたい気持ちを抑えて 軍隊のように動かすのが自立支援ではありません。 私なら思いっきり遊んでから やるべき課題を与えます。 もちろん課題の後にも思いっきり遊びます。 遊んでる最中に問題行動があれば その事については反応しませんが 問題行動よりもっと面白い遊びに 誘導して引き込みます。 代替分化強化といいます。 子どもの気持ちを必ず汲んであげてください。 子どもにとって、注意喚起を無視されるというのは、 どれだけ合理性があったとしても 自分が無視されている悲しさでいっぱいです。 そして子どもは合理性ではなく心で動かされるものなので 自分を無視する大人に心から信頼はしません。 もっとたくさんの対応方法を身につけてください。 行動だけに注目した強化、弱化、消去だけでは心のないロボットと同じです。 応用行動分析の中だけでも、まだまだ名前のついた方法や理論があります。 愛着、発達心理、SST とりあえずこのあたりを学ばれれば 少し見方が変わるかもしれません。
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