4月から特別支援学級に通ってる女の子です

ADHDと軽度の知的障害で、身の回りのことはだいたいできます。学習は、ひらがなは90%くらい読めるようになり、字も就学前は1文字しか書けなかったのに、少しずつかける字が増えてきました。写し書きが出来ないので、点線を書いて、その上をなぞらせて、なんどもそれを繰り返して覚えていくという学習方法です。所で質問ですが、ひらがな1文字ずつの書き方の宿題が毎日出ます。B4プリント一枚で、字も大きめですので量は少ない方だと思います。宿題、最初はやるぞー!といい雰囲気で望めるのですが、5文字位なぞると雲行きがあやしくなってきて、お母さんが書いてー!とか、わかんないー!となって、毎回、毎回!泣いてしまいます。最初の頃は書き順を間違えた時にわたしが消しゴムで消すと、「なんで消すの!」「間違ってるから消したんだよ、もう一回ゆっくり書いてみよ」と言っても、その消された事でスイッチが入り、その後はやる気なしです。わたしが消しゴムで消したことは良くなかったな、と思ってますが。消しゴムで消されたことによって否定された気持ちになったんだと思います。教えて頂きたいのは、間違った時の教え方です。よろしくお願いします!

回答
とても参考になりました! ほんとに参考になりました! 今はまず間違いを正すよりも、 宿題を終える達成感を与えてあげた方がいいんですね! 早...
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先月から発達センターに通い始めた息子

週一の個別療育と、月2回のグループ療育に行ってるのですが、週一の個別療育はPTと言うこともあり45分間みっちりとやって頂けるのですが、グループ療育について少し疑問を感じています。時間にしたら一時間半程度なのですが、最近の30分くらいはお母さん達の井戸端会議のようで、自然にできたグループで雑談の時間、その後30分間程度は子どもと軽く体操しながら遊びます。そして残りの時間はおやつの時間です。大勢の子どもと触れあってなんらかの刺激は受けているようですが、息子はいつも最後まで起きていられずに最後30分間は寝てしまいます。なので、最近の30分くらいしか他の子どもさんと接する事が出来ません。また、体操しながらの遊びも普段家で遊んでいる事と変わりはありません。まだ、2回しか参加していないのですがグループ療育って、本当に必要なんでしょうか?グループ療育では、社会性をサポートすると聞いてはいましたが、何となく疑問を感じています。この先、1年ごとに、理学療法、作業療法、言語療法と進めて行くのですが、来年には毎日親子通園で歩行訓練に通い、その後今度は毎日子どもだけで単独通園で言語療法に通うことになると思うのですが、こちらは通わせるつもりです。ただ、社会性をサポートすると言われたグループ療育に疑問を感じているので、辞めようかと思っています。皆さんの意見を聞かせて頂けたらと、投稿しました。宜しくお願い致します。

回答
りんりんさん おはようございます。コメントありがとうございます。 りんりんさんのコメント、全くその通りですね。 療育は、親と子どもの為...
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上ちび出産が3月

仕事復帰が7月で、折りしも世間様では、諸々の学校期間が「夏休み」とやらに突入する頃。あつまの仕事は年度の第一繁忙期に突入します。何しろ、「学校がお休みのときは稼ぎ時」。学校さんのスケジュールの隙間に授業を組ませていただいている身ですから、この機会を逃すわけにはいきません。産後のおもたーい体に鞭打って、暑い「夏の陣」を何とかかんとか乗り切ろうとしていた8月後半。「ん?」何かおかしいなぁ。何かこう、体が違うなぁ。あれあれ?そういえば、生理って来たっけ?いや、まだ授乳中だし、いや、仕事再開してから、ほとんど母乳でなくて、結局粉ミルクなんだけど、いや、でも。あれ~???そして、9月はじめに予想通りの陽性判定。下チビちゃんがお腹にやってきたのです。前年に引き続きの妊娠・職場に多大なご迷惑をおかけしつつ…っていうか、今となってはこの時あつまはちょっと間違ってたんだろうなぁ。無計画と言われるかもしれないけど、マルコーついちゃうお年のあつまが、複数人出産しようと思えば、急ピッチでコトを進めるしかなかったわけですし、「子供を産む」という、自然の理について、罪悪感や後ろめたさを多少なりとも持ってしまうような状況って、たぶんおかしいんだろうと思います。その結果、私はフルタイムで働いていました。もうちっと主張して、ちゃんと休めばよかった。や、話がそれたよ。で、この下チビちゃん、妊娠中から既に「おやおや?」でした。まず、安定期を過ぎてから始まった不正出血。まあ、立ち仕事は確かにしていましたが、それでも上チビのときに比べてなるべく安静に、セーブしてと気をつけていました。にもかかわらずとまらない。ホルモン剤を服用すれば止まり、ちょっと油断するとまた始まるの繰り返し。それが妊娠6ヶ月から9ヶ月まで続きました。次に腹囲。一番増えるはずの最後の1~2ヶ月で、腹囲の成長と、体重の増加がぴたっと止まった。おかしいと思いました。でも、産婦人科の先生は何も言わない。淡々と検診して、エコーとって、でも何も言わないから、「きっと大丈夫なんだろう」と思っていました。上チビのときも同じ先生だったし、昔からずーっとそこで開業している、地域では信頼されている先生だったし、まあちょっともうお爺ちゃんで、上チビの性別もきっぱり間違ってたんですが。でも、「この子大丈夫なんでしょうか?」って、どう聞いたらいいんだろうか、わからなかった。今思うと聞けばよかった。自分がおかしいと思うこと、ちょっとでも気になることは、徹底的につっこんで聞かないとだめだ。それが生まれてくる子への親の務めなんじゃないかと思う。それから、やっぱりお医者さんは、新しい設備のあるところがいい。もしかしたら、新しい機械や設備がある最新の病院だったら、もっと前に覚悟できてたかもしれない。そうこうしているうちに予定日。上チビのときは、それから二週間待ったのに、下チビのとき先生は、「三日だけ待ちましょう。それで出てこなければ処置します」と言いました。これだけでも既に怪しいでないのよ~!ますます不安が募る中、結局、入院、処置。上チビと同じコースです。唯一つ違っていたのは、陣痛から出産までの時間でした。上チビは17時間かかったのに、下チビはわずか20分の分娩でした。分娩台にのって、いきんで、でも「つるん」って出てきた。え?決定的におかしいのがわかったのはこの瞬間でした。何かある。絶対違う。もうこうなると「母の勘」としか言えません。でも、おかしいのははっきりわかった。その上、産声が聞こえない。バンバンと背中をたたく音、「吸入!」と叫ぶ声、騒然とすル中、青いシートにのせられてやってきた下チビはとにかく小さかった。看護師さんの「女の子ですよ」の声が忘れられない。「”元気な”女の子ですよ」とは言われなかった。明け方4時5分でした。その瞬間から、あつまの不安はどんどん膨れ上がり、そして、翌朝、病室に先生がやってきて言うのです。「NICUに入れた方がいいと思います。」そこから、下チビの怒涛の2ヶ月半が始まるのでした。長くなりました。続きはまた次回。

「結婚」「出産」周りでは良く聞くけど、自分には遠いなぁ…なん

て、のほほんと考えていたのが約5年前。それが、何の拍子にか、『まあ、そろそろいいかなぁ』なんて思い始め、そのタイミングで一人目がお腹にできました。しかし、当時、高知の片隅の進学塾で、まあ「バリバリ」と形容できる程度には働いていて、痛いときはお薬。お熱が出たらお薬。押さえ込めば動けるよね。そういうスタンスで生きてきたあつまは、妊娠っていうのを甘く見ていたのだな。人体のデリケートについて全く考えていませんでした。さすがに妊婦になってからは「お薬」は封印しましたが、それでもほとんど仕事のセーブはなし。塾は学校が終わってからがお仕事なので、午後から夜中が勤務時間。0時を回って帰宅するなんて当たり前。講座期には、毎日14時間勤務でやはり夜中に帰る。そんな生活、ほんとはベビちゃんに言い訳ないよね。にもかかわらず、元気に第一子出産。結局、予定日当日まで勤務し、そこから2週間たっても出てこないちびっ子のために、ラミナリアと促進剤による処置を行っての出産でしたが、それでも自然分娩で元気にほぎゃーと生まれてきました。それで油断したんだな。うむ。第一子くんは、ちょっと食が細い以外は元気でお利口さんな男の子。でも、生後半年を過ぎた頃から、夜泣きがひどくなりはじめ、一度泣き出すと何をしても起きない、泣き止まない。下手したら2時間でも3時間でも泣いて泣いて泣いて、で、こてんとまた寝てしまう。この辺りで、「あれあれ?」とは思ったけど、ネットで検索してみたら、そういう子供さんも、世の中にはいっぱいいますよーなんて、投稿がいっぱいでてきた。『いろんなことが分かるようになって、いろいろ経験してきたことを、夜中に頭の中で整理したり、思い出したりしてるんですよ。しばらくするとうちも落ち着きました。大変だけどがんばって』なんて、某有名サイトの相談コーナーとかで見たら、ちょっと安心しちゃうよねぇ。いや、これは今となっては言い訳ですが。で、とりあえず様子を見ていたら、こちらは1歳半くらいで落ち着きました。でも、9ヶ月くらいかな?それくらいから、眠りに入る前に、床とか壁とかにガンガン頭を打ち付けだした。さすがに「えええええ???!!!」と思ったけど、こちらも一応ネット検索。すると、『いろんなことが分かるようになって、いろいろ経験してきたことを…以下同文きっと大丈夫大丈夫。こちらも夜泣きと同じくらいに収束。でも、今思えば、やっぱり気になったときにちゃんと専門の先生なりに相談するべきだったかもしれない。素人が素人に頼って、素人考えで判断したって決していい結果にはならないんだってことを、最近痛感しています。そんなこんなですったもんだしているうちに、年子の妹ちゃんがお腹にやってくるのです。この続きはまた次回。

オススメのQ&A

大人になってからASDとADHDの診断を受けた者です

親に発達障害である事をカミングアウトして、それは受け入れてくれたのですが中身を理解してもらえない事を悩んでます。親に上手く説明できない為、親御さんはお子さんにどのように接しているか、気にしている点など親視点の考えを教えて頂きたいです。父は深堀りしたくない様子なので診断書だけ渡して終わっています。母は私の事を理解したいと言ってくれるので説明するのですが、なかなか理解や納得をしてもらえず話すたびに衝突してしまいます。最終的に「私の頭が悪いからあなたを理解できないのね。私の育て方が悪かったのね」と言われて終わるのがお決まりです。育て方の問題じゃない事は伝えているのですがそれも納得できない様子でして。私は働いて自立も出来ているので、もうお互い関わらずそれぞれで生きようと言っても「いくつになっても親は子が心配なもの」と主張されてしまうと離れる事もできず、ただ改めて説明しても衝突して母親を落ち込ませる無限ループで辛い日々です。「母親として私はどうしたら良い?」ともよく聞かれるのですが、私は具体的に要望を伝えられず、また親にそこまで求めるのもためらいがあり言葉に詰まってしまいます。私の本心は「もうしんど過ぎるから頼むからほっといてくれ」なのですが、非情な気がしてその言葉は中々言えず。親の立場で考えたとき、それでも正直な気持ちを伝えてほしいものでしょうか?母と子の間柄であっても言って良いボーダーラインはあるものなのでしょうか?

回答
母親は父親と違って、子育てに関して自分のせいではないかといつも責任を感じている生き物なので、そこは気にしなくていいです。お母さんは「勝手に...
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小学6年の息子に特性傾向を感じ始め、先日WISCとLD-SK

AIPの検査を受けました。本人から「自分にもそういう傾向があるかもしれないから病院で検査を受けてみたい」と申し出がありましたが、私としてはすぐに医療機関を受診するのではなく、まずは得意・不得意を知れたらとの思いから発達検査を勧めました。低学年の頃はそこまで強く気になっていたわけではありませんが、学年が上がるにつれてつまずきが目立つようになってきました。一度できたことでも少し形が変わるとできなくなることや、言ったこと・習ったはずのことを覚えていないことがあります。また、できることとできないことの差が大きいことも気になっています。個別に関わる時に比べて集団の中では指示が入りにくく、周りが何をしているのかわからずぼーっとしてしまうことがあったり、授業に集中しにくい、ノートを取るのが苦手といった様子も見られます。学習面では漢字や筆算が特に苦手です。他教科はカラーテストでは大きく悪いわけではありませんが、学習態度や意欲面の評価が低く、通知表に影響しているように感じています。対人関係については、気の合う友達数人とは安定して関われており、大きなトラブルもなく過ごせています。現在は検査結果待ちですが、結果によっては医療機関での診断も検討した方がよいのか悩んでいます。この年齢からでも環境調整や配慮につなげることが本人にとってプラスになるのか、またこれまで大きな困り感なく過ごしてきた中で、本当に支援が必要なレベルなのか迷っています。また、本人のためと思いつつ、「支援が必要」と捉えることで本人の自己肯定感を下げてしまわないかも心配しています。同じような経験のある方や、実際に支援や診断につなげた方がいらっしゃいましたら、お話を伺えたら嬉しいです。

回答
小学生の子供が自分から検査を受けたいと申し出るくらいなら、本人はとても困っていると思いますよ。 困り感があまりないのは、親の方では? ま...
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